№101 エジプト:ガザ人道回廊への難色
ガザ情勢が悪化する中、『ロイター通信』は2023年10月11日、エジプトがアメリカなどと協議中のガザ地区からパレスチナ市民の安全な避難に向けた「人道回廊」の設置を拒否している、と報じた。また、エジプト外務省は翌12日の声明で、ガザ支援のためにアリーシュ空港(ラファフ検問所の西約50km)を開放し、各国に援助物資を同空港経由でガザ地区に送るよう呼びかけたものの、ガザ人道回廊の設置には言及しなかった。
こうした中、シーシー大統領は12日、イスラエルやアメリカによるガザ退避勧告は、パレスチナの大義を終結させようとする試みであると警告し、パレスチナ人は自らの土地で揺るぎない存在であり続けなければならない点を強調した。また、ヨルダンのサファディー副首相兼外相も同日、パレスチナ人をガザ地区からエジプトに移住させ、近隣諸国に難民問題を拡大させようとする試みに反対の立場を表明した。
評価
イスラエルによるガザ地区への地上作戦が迫る中、エジプトはパレスチナ人の受け入れに消極的な姿勢を見せている。この背景には、エジプトがすでに多くの難民を抱えるため、追加で受け入れる経済的余裕がないことがある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、エジプトには約15万人のシリア人難民が移住し、また今年4月に発生したスーダン内戦に伴い、エジプト在住のスーダン人難民は約11万人にのぼる(2023年9月時)。特に、スーダン人難民流入の加速がエジプト国境地域の経済状況を圧迫している。一方、シーシー政権は厳しい財政事情により、難民支援に十分な予算を投入できない。12月の大統領選挙で再選を目指すシーシー大統領としては、大勢のパレスチナ人を受け入れることでエジプト国民の生活が悪影響を受け、その不満の矛先が自らに向かう事態だけは避けたいのだろう。
この先、ガザ人道回廊をめぐるエジプト・アメリカ関係の動向が注目される。イスラエル訪問中のブリンケン米国務長官はエジプトにも訪れ、人道回廊について協議する予定だ。アメリカはパレスチナ民間人の被害を最大限軽減するため、エジプトに受け入れを強く要請すると予想される。一方、アメリカの対エジプト関係は、アメリカの民主党議員やNGO団体がエジプトの人権状況を問題視し、バイデン政権に対して同国への軍事援助と武器売却の停止を迫るなど、シーシー政権の統治手法を批判する声が高まっている。こうしたアメリカ国内の動向を踏まえると、バイデン政権がエジプトの態度変化を促せるような対エジプト財政支援といった交渉材料を提示できるかは不透明であるため、人道回廊が早期に設置される可能性は低いだろう。
【参考】
「パレスチナ:ガザ地区での「人道危機」回避の試み」『中東かわら版』No.100。
(主任研究員 高橋 雅英)
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