中東かわら版

№100 パレスチナ:ガザ地区での「人道危機」回避の試み

 2023年10月13日、国連はイスラエル軍から今後24時間以内にガザ地区北部から住民約110万人を同地区の南部に移転させるとの通告を受けたと発表した。これについて、国連はこの種の住民の移動で人道的な悲劇が発生するのは不可避であると指摘した。イスラエルは、今般の戦闘の中でガザ地区を完全に封鎖し、同地区は電力、燃料、水、食料、医薬品の供給がない状態で連日イスラエルの攻撃にさらされている。このような状況について、アメリカのブリンケン国務長官がネタニヤフ首相との会談(12日)で民間人をガザ地区から避難させる「人道回廊」の設置について協議した。また、パレスチナ自治政府(PA)、ヨルダン、エジプトなどは早くから援助物資や医薬品を搬入するための安全回廊の設置を呼び掛けている。ただし、イスラエル軍は10月7日の「アクサーの大洪水」攻勢開始の際に連れ去られたイスラエル人が解放されない限り、ガザ地区の封鎖を解除しないとの立場を表明している。

 一方で、エジプトやヨルダンは、一時的な避難だとしても自国でパレスチナ人を受け入れることを拒んでおり、エジプトとガザ地区とを結ぶラファフの通過地点は閉鎖されている。また、12日にエジプトの人権団体複数が同国政府や国際社会に求めた「人道危機」回避のためにとるべき措置でも、物資搬入のための安全回廊の設置とガザ地区内部での安全地帯の設置が挙げられているが、エジプトへの民間人の脱出は想定されていない。「人道危機」回避のための民間人の避難について、パレスチナの著名な政治家のムスタファー・バルグーティー氏は、ジャジーラTVの番組の中で、1948年の第一次中東戦争の際に民間人が避難するとの名目でパレスチナ人多数が住居や財産を失って難民化した例を挙げ、イスラエルの側に避難と称してガザ地区、ひいてはヨルダン川西岸地区からのパレスチナ人追放を企画していると非難し、パレスチナ人はガザから出ていかないと述べた。

評価

 イスラエル軍が期限を設定してガザ地区の住民を移転させると通告したことにより、ガザ地区への本格的な地上軍の侵攻も含め状況の緊迫度は上がっている。アラブ連盟の緊急外相会合(11日)やPAのアッバース議長とヨルダンのアブドッラー国王との会談(12日)などの場で戦闘の中止が要求されているものの、これらは報道や外交場裏で取り上げられておらず、イスラエルによるガザ地区への攻撃は既定路線である。これまでにイスラエル軍が行ったガザ地区への空爆や砲撃では、パレスチナ人1500人以上が死亡している。また、既に国連機関や赤十字・赤新月社の職員が複数死亡しており、イスラエルの側に民間人や国際機関の職員らが死傷することを避けたいという意思は乏しいと言わざるを得ない。

そのような状況下でも「人道危機」の回避の方策としての援助物資の搬入や民間人退避のための措置が進まないのは、イスラエルの強硬な態度に加え、パレスチナの避難民を自国に積極的に受け入れようとする国がないことが原因である。ブリンケン国務長官は、パレスチナの周辺諸国を訪問して民間人の退避について協議する予定だが、当事国が直ちに避難民の受け入れに同意する可能性も、人道回廊がイスラエル軍の攻撃開始前に設置される可能性も、低いと言わざるを得ない。

(協力研究員 髙岡 豊)

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