中東かわら版

№97 イラン:イスラエル・パレスチナ情勢の展開を受けてハマースに寄り添う立場を表明

 2023年10月7日、ハマースによるイスラエルに対する攻撃が発生(詳細は『中東かわら版』No.9496を参照)したことを受けて、各国は犠牲者の遺族に弔意を示すとともに、紛争当事者双方に自制を呼びかけるなどの立場を表明した。こうした中、ハマースに寄り添う立場を示した国が存在しており、その中の一つがイランである。

 7日、サファヴィー最高指導者付軍事顧問はテヘランで開かれた会合において、イランはハマースの作戦を支持すると発言し、パレスチナが解放されるその日まで寄り添うと述べた。また、キャナアーニー外務報道官も同日、ハマースによる「アクサーの大洪水」作戦は抑圧されたパレスチナ人民と抵抗集団による自発的な行動であり、シオニスト達の圧政に対する自然な反撃であると述べた

 また、8日、ライーシー大統領はハマースのハニーヤ政治局長と電話会談し、パレスチナのムジャーヒディーンによる勝利に向けた占領地での作戦は、「70年間のパレスチナ人民とウンマ(イスラーム共同体)の期待への実現に向けたものであり、神の思し召しにより、我々は直ぐにアクサー・モスクで共に礼拝ができるだろう」と述べた。これに対し、ハニーヤ政治局長はパレスチナ人民を代表してイランからの支援に謝意を伝え、シオニストの敵によるアクサー・モスクへの攻撃と侮辱が今次攻勢の要因であると発言した。また、ライーシー大統領はパレスチナ・イスラーム聖戦(PIJ)のナッハーラ書記とも電話会談(8日)した他、アブドゥルラヒヤーン外相が、トルコ(7日)、ハンガリー、イラク(8日)、カタル、オマーン、EU(9日)の外相らと個別に電話会談し、イスラエル・パレスチナ情勢について協議した。

 バーゲリー軍参謀長も8日、パレスチナ抵抗勢力によって実行された「アクサーの大洪水」作戦は、エルサレムを占領する政体(イスラエル)の力が偽りであることを示したとする声明を発出した。

 こうした中の8日、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(米国紙)は、革命防衛隊がハマースの作戦に対して実行の許可を出した旨報じた。これに対し、イラン国連代表部は9日、「我々はパレスチナによる反撃に関与していない」とする立場を表明した。

 

評価

 イラン現体制は、1979年の革命成立以来、「収奪され抑圧された国々を救済するための闘争」(憲法前文)を継続する旨を標榜しており、今次の立場表明もこれに沿うものである。イランの視点から見ると、イスラエルによる占領状態の継続・拡大と、それによって引き起こされるパレスチナ人民への抑圧は看過しがたいものであり、今次のハマースによる攻撃は自然な反応と整理される。上述の通り、イラン政府高官が発する立場の表明からもこの点は確認される。

 こうした中で、今後の地域・国際情勢への影響を評価する上での注目点は、イランとハマースの関係、より具体的にはイランがハマースを背後から支援していたのか否かである。仮にイランがハマースの作戦立案、武器供与、ひいては作戦の実行に関与していたとするならば、今次の衝突がイスラエルとパレスチナ人武装勢力の間のみならず、イスラエルの同盟国アメリカやイランをも巻き込むことになりかねない。

 一般的にイランは中東の非国家主体を背後から支援していると言われるが、その具体的な様態は不明な部分が多く、また支援が行われているとしてもその内実は様々である。イラン体制内で非国家主体への支援を担うのは革命防衛隊ゴドス部隊(ゴドスはエルサレムの意)だが、革命防衛隊の任務が「革命とその成果を護持し続ける」(憲法150条)と明記されているのに対し、ゴドス部隊に関する法令上の言及は革命防衛隊雇用基本令第3条にその名前が出てくるのみである。すなわち、革命防衛隊ゴドス部隊は、原則、革命防衛隊の諜報・工作部門であり、その実態についてメディアで語られることの多くは当事者の声明類に拠るものではなく、第三者によってなされた評価である点に留意が要る。また、イランによる非国家主体への支援と一口に言っても、政治的認知の付与に始まり、人員・武器・資金の提供、軍事訓練、助言、安息地の提供等、多岐にわたると考えられる。このため、イランとハマースの関係を見る上では、事実関係として確定していることと、「言われていること」を区別することが重要であろう。

 現状、アメリカとイスラエルは、イランが「アクサーの大洪水」攻勢に関与していたのか、関与していたとすればその度合いはどの程度かについて、確固たる証拠や確証を有していないようである。現時点で、アメリカのイランに対する反応が抑制的に見えるのは、そのためであろう。なお、イラン・アメリカ間では、最近になり囚人交換が実現したばかりで、ようやく醸成されつつあった信頼関係を即座に壊したくないとのアメリカの考えもある可能性がある。今次事案がイラン・アメリカ関係にどのような影響を及ぼすのかは、両国間には核問題が横わたっていることもあり、今後、重要である。

 

【参考】

「パレスチナ:ハマースが対イスラエル攻勢「アクサーの大洪水」を開始」『中東かわら版』No.96。

「エジプト:イスラエル人観光客への発砲事件」『中東かわら版』No.95。

「イスラエル・パレスチナ:再燃したガザ戦争#1――イスラエルはハマースとの戦争を宣言」『中東かわら版』No.94。

(研究主幹 青木 健太)

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