中東かわら版

№85 シリア:アサド大統領の中国訪問

 アサド大統領一行は2023年9月21日~25日の日程で中国を公式訪問した。一行には、アスマーア夫人、ミクダード外相、ハリール経済・貿易相、スーサーン副外相、シャアバーン大統領顧問、シブル大統領補佐官が含まれる。22日にはアサド大統領一行と中国の習近平国家主席らとの拡大首脳会合が開催され、両国は戦略協力合意として経済・技術協力協定、経済開発分野での協力覚書、一帯一路構想についての協力覚書に調印した。両国は会合後に共同声明を発表し、双方の核心的利益に関する諸問題での相互支持、内政不干渉などの外交方針の支持、一帯一路構想への支持、党・議会・地方自治体間での協力深化、シリアの再建への支援、テロ対策と治安分野での協力強化、中国とアラブとの協力促進などを表明した。また、アサド大統領は25日の李強首相との会談で、シリア外交の東方志向はシリアにとって政治、文化、経済面での保障であると述べ、中国との関係強化の重要性を強調した。

 アラブの報道機関などは、今般の訪問をシリアによる外交的「孤立」打破と復興のための資源の調達の試みや、中国による中東進出の一環として報じている。最近、中国は一帯一路構想のような経済的進出に加え、サウジとイランとの和解の仲介(3月)、パレスチナとイスラエルとの和平への仲介の用意の表明(6月)のように、中東の外交・安全保障問題への関与を拡大している。

評価

 シリアにとって必要なことは、復興のための資源や技術だけでなく、現下の危機的な経済状況の改善に資する即効性のある合意や契約や支援だ。この観点からは、5月のアラブ連盟復帰はアラブ諸国の外交団の活動再開、航空便の往来再開などですら具体的な成果につながっておらず、アラブ連盟への復帰はシリアの復興や経済状況の改善にほとんど役立っていない。今般のアサド大統領一行の中国訪問については、数カ月の間に成果を上げうる事業として、復興のための資本・機材の入手、セメント・製鉄・再生エネルギー分野、油田やガス田の探鉱が挙がっている。また、長期的には、紛争で破壊された社会資本全般の復旧・復興への中国の貢献が期待されている。一方、中国にとって、シリアは一帯一路構想でいうところの陸のシルクロードの西端に位置し、地中海・ヨーロッパへの窓口として利用可能だ。この観点からは中国がシリアの港湾や運輸分野での社会資本の再建・建設にもより積極的に関与するようになることが予想される。また、長期的には、シリアが中国やロシアが推進するドルを介さない交易体制に組み込まれることにより、シリアにとっては西側諸国による経済制裁の克服、中国にとってはアメリカへの対抗上の利益がある。

 ただし、中国によるシリアへの政治・経済的進出が簡単に実現するとは予想しがたい材料も少なくない。例えば、シリア領内での最重要の港湾であるラタキア、タルトゥースについては、それぞれイラン、ロシアと長期間の開発・投資契約を締結しており、両国の動きが鈍く事業が進捗していないとしても、シリアが両港の開発事業に中国を関与させることは難しい。イランとロシアがシリアの重要な経済権益に関与することは、この両国がシリア紛争の初期の段階から政治的、軍事的にシリアを支援し、多大な犠牲を払った「報酬」としての側面があるからで、中国を含むシリア紛争でシリアへの軍事的な支援や貢献が相対的に小さい諸国がシリア政府の制圧地域での復興事業や経済権益に関与できる余地が乏しいと思われる。また、シリアは経済的に困窮し、中国との貿易関係でも中国の一方的な輸出超過が恒常化している。ここで現地に雇用や所得拡大の機会をもたらしにくい中国式の援助が拡大すれば、シリアにとっては弊害の方が大きくなる恐れもある。

 一方、安全保障やテロ対策の分野で中国が関与しうる問題としては、依然としてイドリブ、ラタキア、ハマの各県の一角を占拠している東トルキスタン・イスラーム党の問題がある。同党は、新疆・ウイグル起源のイスラーム過激派で、シリア紛争に乗じて戦闘員とその家族が数千人規模で移動して住み着いている。この問題は、シリアと中国の両国にとって共同声明で謳った核心的利益にあたる問題であり、同党の排除や占拠地域の解放で顕著な成果を上げることができれば、二国間関係にとどまらない影響が出るだろう。

 いずれにせよ、外交上の賛辞の交換や共同声明、経済的な約束は、具体的な成果を伴って初めて意義のあるものになる。シリア紛争や紛争からの復興の問題であれ、中国の中東進出の問題であれ、両国が短期間のうちにどのような行動をとるのかが今般の訪問の意義を評価する指標となる。

(協力研究員 髙岡 豊)

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