中東かわら版

№84 イスラエル・サウジアラビア:国交正常化合意をめぐる双方からの前向きな発言

 2023年9月20日、サウジのムハンマド皇太子は米国メディアFox Newsのインタビューで、イスラエルとの国交正常化合意に「日々近づいている」と発言し、本件について米国を介した交渉が進んでいることを示唆した。翌21日にはイスラエルのコーヘン外相が、三カ国間の協議を経て、2024年早々にはイスラエルとサウジが国交正常化に合意するとの見通しを語った。

 イスラエル・サウジの国交正常化合意は、特に現ネタニヤフ政権が2022年12月に発足して以降、イスラエルが頻繁に掲げてきた外交目標である。他方、サウジはこの可能性を否定しつつ、必要条件としてパレスチナ国家の独立(中東和平の二国家解決)を明確に挙げてきた。この条件をのむ兆しをイスラエルが見せず、事態に進展が見られない中、二国間の仲介を粘り強く引き受けてきたのが米国である。米国はネタニヤフ政権発足以来、同政権への支持と同時に、サウジ側が求める二国家解決案への支持も表明してきた。

 なおイスラエル・サウジの双方が国交正常化合意に向けて前向きととれる発言をしたことなどを受けて、パレスチナ自治政府(PA)のアッバース大統領は21日の国連総会での演説で、パレスチナ国家の誕生なしに中東での平和実現はありえないと訴えた。

 

評価

 イスラエル・サウジの国交正常化合意の可能性につき、イスラエル側の前向きで強気な発言はいつものことだが、サウジ側が前向きな姿勢を示したことは大きなサインである。ムハンマド皇太子は上記のインタビューでパレスチナ問題の重要性に触れたが、国家建設を経なければイスラエルとは国交正常化しないといった断定はせず、むしろパレスチナ人の生活改善のためにイスラエルが重要な役割を果たすといったリップサービスを行った。これはイスラエルとの国交正常化がパレスチナ人のためになるという、UAEやバハレーンがイスラエルとの国交正常化合意に際して用いた理屈と同じである。アッバース大統領の国連演説での訴えは、イスラエル・サウジの国交正常化が現実味を帯びてきたこと、そして自分たちの頭越しに中東和平が進展することへの懸念を反映したものと考えられる。

 サウジが歩み寄りとも取れる姿勢を見せた理由は定かでない。しかし上記インタビューではイランが核兵器を保有する可能性に触れ、その場合自国も保有するとムハンマド皇太子が述べている。イランとは今年3月に国交回復に合意したが、イランへの警戒のみを理由としない軍備増強計画への支持や協力を米国・イスラエルから取り付けること、これが歩み寄りの理由の一つとしては挙げられるだろう。

 もっとも、アラブ・イスラーム世界の盟主を自認するサウジとしては、UAE・バハレーン以上に本合意を正当化する強力な理由が必要である立場から、軍備増強の実現だけでイスラエルとの国交正常化合意に踏み切れるとは考えにくい。ネタニヤフ首相は19日、ニューヨークでの国連総会のサイドでトルコのエルドアン大統領と会談し、イスラエル・サウジの国交正常化に向けた協力をトルコから取り付けたと報じられたが、サウジとしてはこれで外堀が埋まるわけではなく、「パレスチナ人のためになる」より具体的な成果が必要となる。

 これが当初の必要条件、すなわちパレスチナ国家の建設であったわけだが、仮にこれをサウジが取り下げる場合、何がオルタナティブとなりうるかは現時点では不透明である。差し当たって注目すべきはPAへの対応だろう。イスラエルとしては、PAへの歩み寄りを見せることでサウジを国交正常化合意に誘導しやすくなる。サウジとしてもPAに「パレスチナ人のためになる」と納得させられれば、同合意へのハードルを下げることができる。アッバース大統領としては、二国を使ってどれだけ自らを中東和平の当事者にできるかの正念場といえる。

(研究主幹 高尾 賢一郎)

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