№83 レバノン:アイン・ヒルワ難民キャンプでの戦闘
2023年7月以来、レバノン南部のアイン・ヒルワ難民キャンプで戦闘が続発し、多数が死傷したり、自宅を離れて避難したりしている。戦闘の片方の当事者はPAの与党であるファタハだが、もう片方の当事者についてはイスラーム過激派とみられている一方で彼らの身元や所属組織についての具体的な情報が乏しい状態が続いている。レバノンのパレスチナ難民キャンプには、2007年夏にナフル・バーリド・キャンプでレバノン軍と長期間交戦したファタハ・イスラームや、イラクへの外国人戦闘員の潜入が治安上の問題となった際に名前が挙がったウスバト・アンサールのようなイスラーム過激派組織が活動している模様だが、これらは今般の戦闘の主要当事者とは考えられていない。
今般の戦闘について、2023年9月13日付の『ナハール』(キリスト教徒資本の日刊紙)に掲載された分析記事は、要旨以下の通り報じている。
*戦闘には、「抵抗隊」(注:ヒズブッラーが対イスラエル武装闘争にレバノン社会から広く人員を募るために編成した部隊)が参加しているとの見解もあるが、これを裏付ける情報はなく、アイン・ヒルワ難民キャンプのファタハ筋もこの情報に否定的である。
*レバノン国内のパレスチナ難民キャンプでは、ハマースに随伴してイスラーム過激派の者が活動している。イスラーム過激派の者は、今般の戦闘で外部から支援が無いと入手できない兵器を持ち、弾薬の補給も受けているが、これらがハマースを通じて提供されたものの可能性がある。
*消息筋は、ハマースが組織の周辺にいるイスラーム主義者を通じてレバノンの難民キャンプ内での発言力の強化やファタハとの勢力均衡を望んでいると述べた。ハマースの振る舞いは、パレスチナ、特にヨルダン川西岸地区の動向と連動している
評価
レバノンにあるパレスチナ難民キャンプ内の治安は、通常レバノンの軍・治安機関は積極的に関与せず、ファタハなどのパレスチナ諸派が管理している。しかし、キャンプにはイスラーム過激派をはじめレバノンのみならず国際的に追跡される容疑者が潜入・潜伏することも珍しくない。この結果、パレスチナ諸派やイスラーム過激派が武装を強化し、交戦事件が頻発している。キャンプ内の諸派の武装はレバノンの治安にとっても好ましくなく、しばしば政治的な議論を呼ぶが、抜本的な対策をとるには至っていない。今般の戦闘は、比較的長期間にわたり停戦とその破綻を繰り返しつつ継続しているが、戦闘の当事者としてイスラーム過激派の具体的な団体名が挙がっておらず、キャンプ内のパレスチナの政治勢力間での交渉を通じた事態収拾や停戦が困難になっている。ここに、パレスチナ域内でのファタハとハマースとの政治的対立と、レバノンの難民キャンプ内での諸派の争いが連動するとの見方が出て、状況は一層混迷している。事態収拾のため、PLO、ファタハだけでなくハマースやイスラーム聖戦運動(PIJ)の幹部が協議を行っているが、協議にはパレスチナからレバノンを訪問した代表団も加わっている。レバノンに在住するパレスチナ難民は、中東和平プロセスでもその地位や権利についてほとんど顧みられることがなく、将来が展望しにくい境遇にある。ここに、受け入れ国であるレバノンの政治・経済危機が重なり、レバノンのパレスチナ難民キャンプの環境は一段と悪化している。いずれについても短期間で事態が好転する可能性はほとんどないため、キャンプ内での戦闘を含め、レバノンのパレスチナ難民キャンプの状況は悪化し続けることが懸念される。
(協力研究員 髙岡 豊)
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