中東かわら版

№80 イラン:米国がイラン凍結資産解除に向けて一部制裁を免除へ

 2023年9月12日付『AP通信』は、バイデン米政権が、韓国で凍結されていたイランの在外資産約60億ドルをカタルに銀行送金するのに当たり、制裁を免除する決定を下し11日に議会に通知したと報じた。同在外資産は、元々、韓国がイラン産原油購入時に支払うべきだった資金が米国の制裁により未払いとなっていたものである。先立つ8月10日、イラン・米国は、同在外資産の凍結解除、及び、相互の囚人交換に、カタルらの仲介で合意しており、今次措置により同合意の履行が始められたことになる。送金後、イランは、同資産を食料、医薬品、及び、その他の人道的用途に使用することができるようになる。

 また、同日付『NBC』は、バイデン政権がイラン人5名の釈放も決定し議会に伝えた旨報じた。イラン側も、これら5名と引き換えに、米国人囚人5名を釈放する予定である。なお、アブドゥルラヒヤーン外相は、囚人交換は人道的目的からなされるものであり、凍結資産解除とは関係ないとの立場を維持している。

 

評価

 今次の動きは、敵対するイラン・米国が間接交渉を経て、一つの合意をまとめた点において少なからぬ意義を有する。昨年9月以来、核交渉が事実上凍結する中、今回、米国はイランが要求する凍結資産解除に同意し、相互の囚人交換を進める意向を示した。これを通じ、両国間の信頼醸成が図られたといえ、今後の交渉に肯定的に影響する可能性がある。

 イラン側の視点から見ると、米国による厳しい経済制裁を受けて財政状況が悪化する状況の中、約60億ドルの在外資産を取り戻したことは大きな成果である。来年に議会選挙が、再来年には大統領選挙が予定される中、ライーシー政権は今次の一連の事案を多角的外交と制裁の「無効化」戦略の勝利として喧伝するだろう。

 その一方、米国内では、共和党議員らから「囚人釈放の為に60億ドル払うよう脅迫された」といった批判が上がっている。特に、スウェーデン国籍の男性が2022年からイラン国内で拘束された事実が明らかとなり、またクルド人女性マフサー・アミーニーがヒジャーブ(女性の頭髪を覆うベール)を適切に着用していないとして官憲からの取締りの末死亡したことを発端とした「女性、命、自由」運動の開始から1年目を迎える中、バイデン政権のイランへの譲歩とも受け取れる決定を疑問視する向きもある。批判を意識してか、同政権は、凍結解除後も緊密にフォローし、要すれば再び制裁することもあり得るとの立場を示した(注:ライーシー大統領は、同資産の活用権限はイラン側にあると主張)。

 来年に米大統領選挙が予定される中、核合意再建への道のりは依然険しい。しかし、現時点で、イランはウラン濃縮度の60%以上への引き上げをしていない。こうした状況からは、イラン・米国が、事態のエスカレートを避けるため水面下で取引している可能性も指摘できよう。

 

【参考】

「イラン内外政の現在地 ――核交渉の現状とイラン内政動向を中心に――」『中東分析レポート』R23-05。※会員限定

(研究主幹 青木 健太)

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