中東かわら版

№74 イスラエル:リビアとの秘密会談公表の思惑とその余波

 2023年8月27日、イスラエル外務省はコーヘン外相が先週、リビア国民統一政府(GNU)のマングーシュ外相とローマで秘密裏に会談したことを公表した。両国間に外交関係はなく、リビアでは一定の反イスラエル感情も確認できるため、本件が明るみになったことで暫定首都トリポリでは市民による抗議活動が起きた。これを受けてGNUのダバイバ首相は31日、マングーシュ外相の行動は個人によるもので、政府の立場を反映したものではないとした上で、イスラエルとの国交正常化の可能性を否定した。またこれに先立ち、マングーシュ外相が免職となり、現在は身の安全を確保すべくトルコに滞在していることが発表された。

 本件に関し、イスラエル側は27日の第一報でコヘン外相がマングーシュ外相との会談を「歴史的」な「第一歩」などとアピールし、イスラエルとリビアの国交正常化合意、すなわちリビアの「アブラハム合意」参加が着実に進んでいるムードを醸成しようとした。しかしネタニヤフ首相は後日、この会談を公にしたことは「役に立たなかった」とした上で、「秘密会談のルールに照らし合わせれば(公表は)異例」であり、今後は起こらないとの見解を示した。

 

評価

 イスラエルにとってリビアは、アブラハム合意に今後参加する有力候補の一つと位置づけられる。比較的最近では2022年1月、ダバイバ首相がヨルダンでモサド長官とリビアのアブラハム合意参加について議論したと一部メディアが報じた。しかし今回のように国交正常化を既定路線のごとく語りつつ秘密会談を公表したことは一歩踏み込んだ、勇み足とも呼べる行動だ。

 こうした行動を政府(コヘン外相)がとった背景にあるのは、司法制度改革案等を理由に強まっている政府への批判だろう。目下、政府は従来のパレスチナ領土への侵入(パレスチナ人の鎮圧)に加えて、アブラハム合意の拡大という外交成果でもってこの批判をかわそうと努めている。しかし秘密会談を公表したことで、逆にイスラエルとの国交正常化への断固拒否を表明せざるを得ない状況にリビア側を追い込んだ。加えて有力野党からは、秘密会談の公表という行為が「不名誉」であり、(相手側の)「人命を危険に晒す行為」だといった批判も上がるなど、本件によって政府が得たものは現時点でほとんどないといってよい。

 もっとも、リビアとの秘密会談の公表はイスラエルにとって観測気球としての意味もあったのだろう。同時に、他のアラブ・イスラーム諸国にとっても本件は、アブラハム合意に加わることで起こりうる事態を想定する上では役立ったはずだ。

(研究主幹 高尾 賢一郎)

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