中東かわら版

№70 レバノン:キリスト教徒の過激派がナイトクラブを襲撃

 2023年8月23日夕刻、バイルートのマール・ミハエル地区で「神の兵士たち(Junūd al-Rabbu)」を名乗る集団がナイトクラブ、娯楽施設を襲撃した。彼らは、襲撃対象は同性愛を広めていると主張し、居合わせた者たちを追いかけるなどの襲撃の模様の動画をSNSで拡散した。「神の兵士たち」は最近出現したキリスト教徒の過激派の若者たちの集団で、構成員は数百人とみられている。同派の活動家の一部は、自らの活動を「ヒズブッラー」のキリスト教徒版であると主張した。

 今般の襲撃について、ムルタダー文化相(所属はアマル)は、襲撃された施設が同性愛を広めるショーを行っていたとして、治安部隊が施設を閉鎖するべきだったと主張した。レバノン政府のイスラーム法学者の法的見解を発表する部局の幹部職員からも、襲撃を歓迎するコメントが出た。一方、国会議員の一部からは、公共と個人の自由を侵害する行為であるとして襲撃を非難する声も出ている。 

評価

 今般の襲撃事件は、レバノン国内で映画「バービー」の上映が禁止されるなど、同性愛についての議論や同性愛を肯定する言動に対するレバノン社会の受け止めが一様でないことが示される中でのものだ。レバノンは、1950年代~60年代の、ヨーロッパに向けて開かれた窓口との印象から西側諸国に親和的な規範や社会的な雰囲気の国と思われるかもしれないが、それを体現するのはベイルート市やその近郊の一部の地域であり、そのほかの大半の地域は経済的な開発も遅れ、近年の経済危機やシリアからの避難民の問題に苦しんでいる地域であり、社会的な雰囲気も西側諸国に親和的でない場合も多い。

 そのような中、従来フランスをはじめとするヨーロッパ諸国との縁故が強いと考えられてきたキリスト教徒の中から「過激派」と称される集団が現れたことに注目すべきである。彼らの活動は、同性愛などについての一過性のものではなく、レバノン社会が長年苦しむ政治的対立や経済危機に起因する社会の分断、レバノン社会の求心力の低下を反映したものとも思われる。レバノンの危機は、同国だけで解決可能な問題というよりはシリア紛争、アラブ・イスラエル紛争、中東内外の諸国の外交対立を反映したものとも言えるため、これらの問題の当事者が問題解決能力を欠いていることのツケが、社会の荒廃という形でレバノン人民に回された形となっている。

(協力研究員 髙岡 豊)

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