中東かわら版

№66 中東:映画『バービー』の上映是非をめぐり

 日本では原爆投下を連想させる画像とのコラージュが話題を集めた映画『バービー』だが、中東諸国ではジェンダー観が争点となって同作上映の是非が議論されている。具体的には、同作が男性の同性愛やフェミニズムを促し、「宗教的価値観」「公共の倫理」「道徳」「社会の伝統」「文化的規範」等を害すると見なされたためである。ただし、現時点で上映禁止の措置をとっているのはアルジェリア、クウェイト、レバノンに限られる。

 なお、近年で同様の議論を巻き起こし、一部諸国で上映禁止となった映画として、『美女と野獣』(2017年)、『2分の1の魔法』(2020年)、『バズ・ライトイヤー』(2022年)、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(2023年)等が挙げられる。いずれも同性愛を想起させるシーン、あるいは性的少数派を支持するメッセージが確認できるとされる作品である。

 

評価

 近年の中東諸国では、「寛容」「穏健」「中庸」といった標語の下、多文化共生や女性の社会進出を掲げ、「過激なイスラーム」「保守的な社会」といった従来の否定的イメージを払拭しようと、開放政策に向かう動きが見られる。ただしこうした動きには、体制に協力的な「公式」イスラーム言説を形成することで反体制的な宗教的過激主義を撲滅する、女性を経済活動に参加させることで失業率を抑えて国内消費を増大させるといった、いわば実利的な性格も強く見られる。逆に言えば、実利性が見いだせない開放政策が優先される可能性は低い。

 この上で、性的少数派(LGBTQ)は中東諸国の開放政策における、いわば最後の砦と位置づけられ、これを肯定する動きには極めて敏感である。たとえLGBTQを容認することで国際社会からの評価が高まるとしても、公式に、積極的にそれを支持する立場を表明する事態は考えづらい。

 さらにいえば、『バービー』は登場人物が人形の世界と人間の世界を往来することで、女性優位と男性優位という、二つの対照的な社会構造を登場人物及び視聴者に意識させるストーリーになっている。この種の啓蒙的な性格も、家父長的な慣習が肯定されやすい一部諸国にはやはり都合がよくない。

 とはいえ現状、サウジアラビアやUAEといった、上述した作品群を過去に上映禁止としてきた国を含む、多くの諸国が『バービー』の上映を容認している。このことがただちに各国でのLGBTQ容認につながる可能性は低いだろうが、現地報道を見ても容認派と否定派の双方の意見が伝えられている点からは、各国が同作上映を一種の観測気球と位置づけている様子もうかがえよう。

(研究主幹 高尾 賢一郎)

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