中東かわら版

№56 トルコ:スウェーデンのNATO加盟推進で合意

 2023年7月10日、リトアニアのヴィリニュスでNATO首脳会議を前に、トルコ、スウェーデン、NATOの三者会談が行われた。この会談は非公開で実施されたが、終了後、ストルテンベルグ事務総長は、エルドアン大統領がスウェーデンのNATO加盟に向け、トルコ議会に加盟議定書を送付すること、批准を確実にするために議会と緊密に協力することに同意したと述べた。また、NATO諸国間の防衛品貿易や投資に対する制裁・障害を撤廃させる方向で取り組むことでも合意したと明かした。

 この発表を受け、米国のバイデン大統領はユーロ大西洋地域における防衛と抑止力の強化について、エルドアン大統領及びトルコと協力する用意がある旨表明した。英国のスナク首相も、スウェーデンのNATO加盟を前倒しするトルコの決定を「我々全員をより安全にするNATOの歴史的瞬間」と表し、歓迎する意向を示した。

 

評価 

 

 エルドアン大統領はかねてより、スウェーデンのテロ対策が不十分であるとして、同国のNATO加盟を拒否する姿勢を鮮明にしてきた。7月10~11日のNATO首脳会議の場でもトルコは加盟に反対するものとみられていたが、直前でトルコが方針転換した理由はどこにあるのだろうか。

 第一に、トルコがこれまで最大の懸念事項としてきた安全保障上の問題にNATO、スウェーデンともに一定の歩み寄りをみせたことである。ストルテンベルグ事務総長は、三者協議後に明らかにされた合意内容について、テロとの戦いはNATO防衛計画の一部でもあると指摘したうえで、トルコの要請に応じ、新たに「テロ対策特別調整官」を任命すると明らかにした。また、スウェーデンは、クルディスタン労働者党(PKK)、PKKのシリアの分派組織である民主統一党(PYD)、その軍事部門のクルド人民防衛隊(YPG)、2016年7月にトルコでクーデタ未遂事件を引き起こしたフェトフッラー派テロ組織(FETO)を支援しないことを改めて表明した。さらに、今後毎年、閣僚級会合を行い二国間安全保障協定に基づくトルコの懸念に対処することも約束した。これにより、トルコは、スウェーデンがNATO加盟後も引き続き、PKK、FETOの問題に対処する、との一定の「言質」を得たことになる。

 第二に、トルコの経済問題である。欧米との軋轢によるトルコリラ下落、新型コロナウイルス感染拡大で大きく傷ついたトルコ経済は、ウクライナ戦争が始まった2022年以降、一層悪化した。2023年5月の大統領選でも経済問題は大きな争点となり、エルドアン大統領の再選を揺るがす事態にもなった。決選投票で辛勝したエルドアン大統領は、新内閣で国庫・財務相や中銀総裁を入れ替え、経済改善に向けた策を講じているが、依然、リラ安と物価高が収束する気配は見えていない。これまで強気な対外姿勢を貫き、トルコ・ナショナリズムを強化することで国内基盤を固めてきたエルドアン政権だが、これによって生じた欧米との軋轢は、トルコリラ下落や制裁を招き、対外債務の増加、外貨準備高の減少等、経済に深刻な打撃を与えている。トルコとしては、スウェーデンのNATO加盟を後押しすることで、欧米との軋轢を改善し、経済状況を打開したかったものとみられる。

 さらに、エルドアン大統領は、スウェーデンのNATO加盟を認めることと引き換えに、トルコのEU加盟も求めた。2005年10月に開始されたトルコ・EU正式加盟交渉はわずか1年で頓挫し、以降は凍結状態となっているが、国内では加盟を求める声が依然として根強い。今般の三者会談で、トルコ側は制裁解除やビザ自由化を含むEUとの交渉プロセスに対するスウェーデンからの全面的な支援を取り付けたと発表した他、ストルテンベルグ事務総長もトルコのEU加盟という野望を支持すると発言し、後押しする姿勢をみせた。しかし、ドイツのショルツ首相は、トルコのEU加盟はスウェーデンのNATO加盟と関連付けることは出来ないと牽制しており、トルコの人権状況等を懸念するEUとの交渉は一筋縄ではいかないと考えられる。他方、正式加盟が認められないにしても、遅々として進まない交渉の進展や、ビザ自由化等、EUから何らかの譲歩を引き出すことができれば、トルコにとってはメリットとなろう。

 スウェーデン国内では、PKK支持者らによる反トルコ、反エルドアン・デモが頻発しているだけでなく、半年足らずで2度もコーラン焚書事件が発生した。これらの事件へのスウェーデン政府の対応を強く非難し、スウェーデンのNATO加盟は認められないとしていたエルドアン大統領だが、土壇場でスウェーデンのNATO加盟を認める方向へと舵を切った。その裏には、トルコが置かれた困難な状況が垣間見える。新生エルドアン政権の瀬戸際外交が、今後どのような形で結実するのかは、未だ不透明である。

  

【参考】

「トルコ:スウェーデンでのPKK支持者デモとコーラン焚書事件へのトルコの反応」『中東かわら版』2022年度No.134。

「トルコ:フィンランドのNATO加盟承認手続き開始を決定」『中東かわら版』2022年度No.160。

「イラク:スウェーデンでのコーラン写本焼却事件への反応」『中東トピックス』T23-06。※会員限定

金子真夕「トルコとEU――埋まらない溝」『中東研究』第542号。

 

(主任研究員 金子 真夕)

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