中東かわら版

№55 イラク:シーア派民兵がイスラエル国籍の研究者を誘拐

 2023年7月5日、イスラエルのネタニヤフ首相は、イスラエル人の研究者のエリザベス・ツルコフ(女性。「イスラーム国」について調査・研究を実施)が、イラクで「イランの民兵」によって誘拐されたと発表した。誘拐の正確な時期は不明だが、ツルコフ氏は2023年3月半ばにバグダードで消息を絶った模様である。ネタニヤフ首相は、ツルコフ氏は現時点で生存しており、同人の身の安全の責任はイラク政府が負うと主張した。

 イスラエル政府の発表によると、ツルコフ氏はロシア旅券を所持しており、この旅券を用いてイラクに入国した。また、同氏はクネセト(イスラエルの国会)議員の助手を務めた経歴があり、現在はアメリカのプリンストン大学の機関に勤務している。

 イスラエルは、ツルコフ氏を誘拐した団体を「ヒズブッラー部隊」だと主張している。同派は、2000年代からイラクで活動しており、2020年1月にアメリカ軍に暗殺されたアブー・マフディー・ムハンディス司令官が設立に関与したと考えられている。 

評価

 「ヒズブッラー部隊」を含むイラクのシーア派民兵諸派は、アメリカ軍によるムハンディス司令官の暗殺への報復と称する攻撃をしばしば実行するとともに、一部の団体はイラクでのアメリカ、イギリス、イスラエルの諜報活動に不快感を表明し、これを監視していると主張する声明を発表してきた。イスラエルの発表を受け、SNS上には「ヒズブッラー部隊」の関係者と思しきアカウントでツルコフ氏の誘拐について情報が流布しつつあり、下の通り、今般の事件を捕虜解放闘争の材料として利用することを示唆する画像も現れている。

 紛争当事者の武装集団にとって、敵方に捕らえられた自派の構成員や支持者を奪還することは、組織の威信や名声、構成員の士気にかかわる問題であるため、敵方の関係者を人質として捕虜の解放を要求する戦術はよく見られる。この場合、人質が直ちに殺傷される可能性は低いと思われるが、要求内容によっては交渉が長期化することも考えられる。今般の事件の場合、イラクの民兵が自派の直接の構成員や関係者の身柄の奪還を要求する可能性の他、アメリカやイスラエルとイランとの対立の中で捕らえられた者たちの身柄が要求や交渉の対象となる場合もありうる。

 現在、イスラエルとその周辺では、イスラエルとパレスチナとの衝突激化、イスラエルによるシリアなどでの「イラン権益」への攻撃頻発など情勢が緊迫している。このため、イスラエルやその同盟国であるアメリカに関係する人物などが攻撃対象とされることも十分考えられたが、今般事件の発生場所がイラクとなったことから、諸当事者の対立と対決が東アラブ地域からイランに至るまでの広域的なものであることが前にも増して強く印象付けられた。

(協力研究員 髙岡 豊)

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