中東かわら版

№50 レバノン・シリア:シリア人避難民の帰還問題

 2023年6月24日、25日、レバノンのシャラフッディーン避難民相はシリアを訪問し、同国のマフルーフ地方自治相、ラフムーン内相と各々会談した。訪問の目的は、レバノン政府が計画している同国内のシリア人避難民の帰還についてシリア側と協議することで、シャラフッディーン避難民相は訪問について「前向きなものだった」と評価した。レバノン政府は、安全な帰還の原則に基づく新たな手法を導入することで、第一段階として18万人の避難民を帰還させる方針で、レバノン、シリア、UNHCRの三者委員会と、その下に安全、経済、社会問題について担当する分科会を編成する交渉を行っている。また、レバノンにはシリア人の刑事犯約1800人が収監されており、うち82%が裁判が結審していない。これらの者のうちシリアでの裁判を希望する者の送還も、レバノンにとっては懸案となっている。また、シャラフッディーン避難民相は『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)に対し、UNHCRとの間でシリア人避難民に対しレバノン領内ではなく、シリア国内で支援する可能性について協議を続けていると述べた。

 

評価

 正確な統計はないものの、レバノンには150万人のシリア人避難民が居住しているとの説もあり、人口450万人程度ですでに40万人以上のパレスチナ難民が居住しているレバノンにとって、シリア人避難民の存在は国や社会の存亡にかかわる問題となっている。また、レバノンでは20年代初頭の宗教・宗派別人口比の推計に基づいて、国内の宗教・宗派共同体に政治的権益を配分する制度が取られ、現在に至るまで体制そのものが抜本的に見直されたことがない。このため、政治的権益の配分比率の大幅な見直しが必要となるような人口変動を生じさせるような難民・避難民の包摂はできないということは、ほかの問題では激しく対立するレバノンの諸政治勢力間の一致事項である。従って、シリア人避難民を帰化や市民権の付与のような形でレバノン社会に定住させるという決定が取られる見込みはない。

 そうした中、レバノン国内では2020年夏のベイルート港での爆発事件に象徴される政治的混乱が収束するめどが立たず、2022年10月以来大統領も空位となっているため、現在の政府もあくまで暫定的に存続しているにすぎない。これは、レバノンの経済危機を収束させるための西側諸国からの支援の前提とされている政治・行政改革や、レバノン国内での避難民の状況改善のための対策を行う主体が存在しないことを意味する。こうした状況の中で、帰還した難民・避難民の安全について懸念や問題があるシリアへの避難民の帰還を推進することは、レバノンにとっては必要なことでも、国際的な非難を受けることになるだろう。

ただし、現在の状況をレバノン社会の立場から見ると、十分な支援をしないにもかかわらず難民・避難民の受け入れさせられているとの不満の種に他ならない。今後、レバノン、シリア、UNHCRとの間で実効的な制度構築についての合意が成立し、それに基づく避難民の帰還が迅速に進む保証はない。現在のレバノン在住シリア人避難民の状況は、レバノンで送還圧力にさらされつつ、シリアに帰還した場合は政治的・経済的・社会的安全が脅かされる可能性があるという状況に挟まれ、まさに進退に窮して劣悪な環境に留め置かれているといえるだろう。

 

 

(協力研究員 髙岡 豊)

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