中東かわら版

№40 イラク:国会が連邦政府予算を議決

 2023年6月12日、イラクの国会は連邦政府の予算案を可決した。この予算案は、2022年度の予算が政局の混乱のため議決されなかった中、2023年度、2024年度、2025年度の3年度分の予算を審議・議決したものである。各年度の歳出はそれぞれ1500億ドルを超える規模だが、2023年度の歳入は、原油価格を1バーレル70ドルで日量350万バーレルを輸出することを前提に、1034億ドル(うちクルド地区への割り当て率は12.67%)と見積もられている。

 この度可決された予算案には、巨額の赤字(495億ドル)を計上している上、石油収入への依存度が高すぎる(歳入の9割)との指摘があるほか、イラク国内の様々な政治的対立の原因となりうる要素を複数含んでいる模様だ。6月12日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、予算の問題点につき要旨以下の通り報じた。

 *クルド地区のうち、スライマーニーヤを拠点とするPUKが、クルド地区政府を通さずに連邦政府と交渉し、直接予算の配分を受けることが可能な条項が含まれる。PUKはKDPによるクルド地区政府の権力独占を打破するものと歓迎しているが、KDPはクルド地区が2つの行政体に分裂するのが時間の問題になると反発している。

*石油と石油収入に関し、今般可決された案では、クルド地区から輸出する石油はイラク石油生産物販売会社を経由すること、クルド地区政府は日量40万バーレルの石油を連邦政府に引き渡すこと(注:この40万バーレルは歳入見通しに算入されている)、クルド地区の石油収入連邦財務省がイラク中央銀行に開設する口座に入金することが定められている。

*上記の条項は、去る4月の連邦政府とクルド地区政府との合意を覆して挿入された。この合意を覆したことについては、与党にあたるシーア派諸党派の連合である「調整枠組み」の間でも立場の相違があり、同会派の分裂の原因となりうる。  

評価

 

 アメリカによるイラク占領以来の、イラク国内の政治勢力間の対立と不和が、改善に向かうどころか深刻化する一方であることを示す予算といえる。今般議決された予算は、閣議決定の上で国会に提出された予算案を変更したものであるため、公布・執行までには内閣からの異議申し立てに対処する必要がある。しかも、こうした手続きに加えて上記の通り連邦政府とクルド地区政府、クルドの主要政党であるKDPとPUK、シーア派諸党派という、様々な次元での対立を激化させうる問題点が含まれている。予算が公布・執行されれば、公共部門の雇用や賃金水準、生産設備や社会基盤の整備で成長が期待されるが、予算によって旧来からの政治対立が激化し、政治の混乱に拍車がかかるようならば、予算がもたらす経済的な効果を打ち消すことになるだろう。

 石油生産・石油収入をめぐる連邦政府とクルド地区政府との対立は、現在の政治体制が樹立されて以来絶えず対立点となってきた問題である。また、クルド地区内のKDPとPUKとの対立は、クルド地区が実質的な自治区となった1990年代以来の懸案であり、KDPとPUKとが各々の制圧地で並立しているクルド地区政府の行政機構を統合することも、過去20年来取り組まれてきた課題だった。

 現行の選挙制度では、政治過程に参加する諸党派は全国レベルで議会の多数を獲得するよう努めるのではなく、自らの活動地・出身基盤での支持を固め、議員が選出された後の首班指名交渉・連立交渉での影響力を最大化するのに必要な程度の議席を獲得することが最も効率の良い振る舞いとなっている。このため、たとえ他党派が選挙連合を形成したとしても全国的に支持されて議会の過半数を制する党派・連合が現れる可能性は極めて低く、諸党派は選挙終了後の連合の再編を安易に行ってきた。現体制の成立以来の懸案が一向に改善されない理由として、選挙制度とその運用でイラク国民全般からの支持を得て多数を獲得する党派が育ちにくくなっていることが挙げられる。

(協力研究員 髙岡 豊)

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