中東かわら版

№16 トルコ:「イスラーム国」指導者を無力化と発表

 

 2023年4月30日夜、エルドアン大統領は国営TRT Turkの生放送で、トルコ国家情報機構(MİT)が、「イスラーム国」指導者のアブー・フサイン・フサイニー・クラシー(Abu al-Hussein al-Husseini al-Qurashi)をシリアで「無力化(殺害)」したと発表した。

 エルドアン大統領の発言概要は以下の通り。

 

  • クラシーは以前からMİTの監視下にあり、シリア北部のアフリーンに潜伏中であることを把握していた
  • 近々、潜伏場所を変更するとの情報を得たため、4月29日に極秘裏に作戦を実行した
  • MİTが潜伏先を包囲したうえで、クラシーに対して投降を呼びかけたものの反応がなかったため、建物内部に侵入したところ、クラシーが着用していた自爆ベストを爆発させ死亡した
  • 今次作戦で民間人及びMİT隊員に死傷者は発生していない

  一方、米国政府関係者はエルドアン大統領の発言に対し、「イスラーム国」指導者が本当に殺害されたことを示唆するものを確認できておらず、現時点でトルコ側の主張を裏付ける情報はない、として懐疑的な見方を示した。

 トルコでは、2014年にイラクのトルコ総領事館が襲撃されたのを皮切りに、2017年初めまでの約2年半で、「イスラーム国」の犯行とみられる攻撃が断続的に発生し、多数の死傷者が出ている。国内の治安悪化は市民生活だけでなく、外国人観光客の減少やトルコリラの下落を引き起こし、トルコ経済にも深刻な影響を及ぼした。こうした事態に対処するため、政府は2015年以降、安全保障政策を転換させ、シリアの「イスラーム国」拠点への空爆を実施した他、国内における関係者らの摘発を強化してきた。

 「イスラーム国」の脅威が低下している中においても、シリアからトルコへの戦闘員、支持者らの密入国が後を絶たず、当局は国境警備に注力している。最近では2021年6月に、「イスラーム国」のトルコ担当とみられるカスム・ギュレルがトルコへの潜入を試み、逮捕・起訴されている。2023年3月、高等刑事裁判所は、ギュレル容疑者が国内6カ所に襲撃用の武器を隠していた他、野党、共和人民党のクルチダルオール党首を含む一部政治家の暗殺を計画していたとして、懲役30年及び罰金9万トルコリラの実刑判決を言い渡した。

 

表 トルコに関連する「イスラーム国」の犯行とみられる事件

月日 事件内容
2014年 6月11日
イラクの在モスル・トルコ総領事館が襲撃され、総領事、子供3人を含む49人(うちトルコ国籍者46人)が拉致され人質となったが、約3カ月後の9月20日に全員救出された。
「イスラーム国」との交渉にはMİTが関与したとみられる。一部メディアが、トルコ政府が人質解放と引き換えに「イスラーム国」戦闘員約180人を釈放したと報じたことを受け、エルドアン大統領はこれに応じたことを示唆した
2015年 7月20日 南部スルチで発生した自爆攻撃で34人が死亡、100人が負傷。政府は同攻撃を「イスラーム国」によるテロと断定し、初めて「イスラーム国」を名指しで非難した
10月10日 アンカラ駅前で平和行進に集まった群衆に対する自爆攻撃が発生し、109人が死亡、500人以上が負傷した。トルコにおける1回のテロ攻撃としては過去最大の死者数となった

2016年

1月12日 イスタンブル旧市街のスルタンアフメット地区で、観光客を狙った自爆攻撃が発生し、13人が死亡、12人が負傷した
3月19日 イスタンブル新市街のイスティクラル通りで観光客を狙った自爆攻撃により5人が死亡、36人が負傷した
6月28日 イスタンブルのアタテュルク国際空港が襲撃され、45人が死亡、239人が負傷した
2017年   イスタンブルのナイトクラブ「レイナ」で銃乱射事件が発生し、39人が死亡、70人が負傷した

出所:公開情報をもとに筆者作成

 

評価 

 

 今次作戦は、シリア国内のトルコが支援する反政府勢力の支配地域で実施された。エルドアン大統領は、前述のテレビ・インタビューの中でMİTが国際舞台でテロに対峙する組織に変容したと成果を強調したが、シリアへの越境作戦をトルコが独断で実施したことは、シリア政府のみならず、対「イスラーム国」作戦を行っている米国との溝を深める可能性がある。米軍が、2019年10月に最高指導者のアブー・バクル・バグダーディーへの急襲作戦を実行した際には、事前にトルコ・米国間で情報が共有され意見交換がなされていた。このことは、作戦後に両国政府が公式に認めたが、今回は、米政府関係者がクラシー指導者殺害の信憑性に否定的な見方を示していることから、今次作戦が米国の頭越しに実施されたとも考えられる。

 また、なぜ、この時期に作戦を断行したのかについてトルコ政府は、クラシー指導者らが潜伏場所を変更しようとしていた、という点以外で明確な理由を明らかにしていない。現時点で「イスラーム国」指導者が殺害されたことを示すものは発表されておらず、可能性に過ぎないが、目前に迫った2023年5月14日の大統領・議会選挙で苦戦を強いられているエルドアン大統領が、テロに屈しない強いリーダー像を国民に改めて示すことで、巻き返しを図ろうとしているとの見方もできる。事実、世論調査会社ORCによれば、作戦開始前の4月24日時点でのエルドアン大統領の支持率は42.4%だったが、作戦実施後の5月3日には44.6%と2.2ポイント増加している。一方、事実上の一騎打ちとなる野党統一候補のクルチダルオール氏は、49.3から48.0%へと下落しており、その差は6.9%から3.4%に縮まっている。

 近年、エルドアン政権はテロとの戦いを鮮明にし、断固とした措置を継続する旨明言してきた。クラシー指導者の無力化は、エルドアン政権下で強化された情報・治安機関による対テロ作戦の一つの成果の表れとも言える。こうした成果の強調は、かつてないほどの接戦となっている厳しい選挙戦の現状を、何とか打開したいというエルドアン大統領側の切実な状況の裏返しとも受け止められる。

  

(主任研究員 金子 真夕)

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