中東かわら版

№15 イラン:ライーシー大統領がシリア訪問で「抵抗の枢軸」強化を確認

 2023年5月3~4日、ライーシー大統領は、イランの大統領としては13年ぶりに、シリアを公式訪問した。同日、ライーシー大統領はアサド大統領との会談で、域内外の大きな変化はイラン・シリアの兄弟愛によるつながりを変えることはできなかったと両国関係の親密さを強調し、イランとシリアの抵抗の正当性が完全に証明されたと述べた。アサド大統領も、両国関係の緊密さを称賛した上で、イランがシリアの復興において存在感を発揮することへの期待を示した。訪問後に発出された共同声明には、両国による主権・独立・領土保全への尊重、政治・経済・領事分野での両国関係の発展、テロ対策分野での協力、イスラエルによるシリアの主権侵害への非難、ゴラン高原の占領への非難、シリア国内における外国軍による違法な駐留への非難、欧米による経済制裁への非難、域内の緊張緩和への歓迎等の文言が盛り込まれた。

 今次訪問では、両大統領は、包括的長期戦略協力計画に署名した他、同文書を含めて15のMoUを締結した。これらのMoUには、貿易、石油・エネルギー産業、技術・エンジニアリング、住宅建設、鉄道・空輸、自由貿易特区、民間セクター、通信、震災支援、巡礼者の往来等の幅広い分野が含まれた。また、ライーシー大統領は滞在中、アルヌース首相、ミクダード外相らと個別に会談した他、パレスチナの武装抵抗組織の指導者らとも会談した。

 これに対して、4日、米国務省のパテル副報道官は記者の質問に応え、イラン・シリアは人権侵害やテロ組織の武装化を通じた地域を不安定化させる記録を有しており、両国関係の深化は米国と同盟国にとって懸念であり、面倒を引き起こすもの(troublesome)だと発言した。

 

評価

 今次訪問は、イランとシリアとの密接な関係を再確認するものだが、シリアのアラブ連盟復帰に向けた動きが活発化する最中に行われた点を踏まえると、イランの別の狙いも透けて見えてくる。イランは傲慢な抑圧者と見做す米国及びイスラエルを敵視しており、核兵器も大陸間弾道ミサイルも有さない状況において、これらの勢力に対抗すべく「抵抗の枢軸」と呼ぶ共同抵抗戦線を長年築いてきた。その中核に位置付けられるのが、シリアのアサド政権だ。シリアのアラブ連盟復帰を巡っては、5月19日にサウジアラビアの首都リヤドで開催されるアラブ連盟サミットにアサド大統領が出席するかに注目が集まっている。シリアのアラブ連盟復帰は、シリアがアラブ諸国と政治・経済関係を強化させる状況を生み出し、一方のイラン・シリア関係を弱め得る。こうしたなか、イランとしては、今次の首脳訪問を通じて、シリアとの戦略的関係が揺るぎないものであることを改めて誇示したといえる。

 ライーシー大統領がシリア訪問を決めた背景には、サウジアラビア・イランの国交回復合意(2023年3月10日)を経て、中東域内で緊張緩和の動きが顕著となっていることも挙げられる。アラブ諸国とイスラエルの関係正常化合意「アブラハム合意」(2020年9月)が締結された際、これはイラン包囲網を敷く意図があってのことではないかとの憶測を呼んだ。少なくとも、イランが警戒を高めたことは間違いない。また、イスラエル軍によるシリア領内への空爆が連日続き、「イランの民兵」が打撃を受ける状況が続いてきた。サウジ・イラン国交回復合意は、イスラエル・アラブ諸国によるイラン包囲網の結束を弱めるものだったが、今次訪問はその一方の「抵抗の枢軸」の結束を高めるものと位置付けられる。パレスチナ武装勢力の指導者らとの会合がセットされた点からも、こうした意図が看取される。全体として、イラン側が、日々変化する地域・国際情勢を冷静に見極めつつ、「抵抗の枢軸」に有利に働く方向に進めるべく対外政策を展開しているように見える。

 もっとも、こうした戦略・政治的意図の他にも、シリアが欧米から厳しい経済制裁を受けるなか、シリアとしてもイランの支援を必要としている事情があるだろう。シリア紛争の軍事情勢は政府軍が有利な状況で膠着状態にあり、北部の反体制派支配地域を除き、アサド政権が統治を回復しつつある。したがって、同政権は戦後復興を最重要課題としているが、経済制裁を受けるシリアとしては、イランとの経済協力の継続が必要不可欠となる。MoUが締結された分野を一瞥しても、両国が経済・貿易面でも互いを必要としていることがわかる。

 

【参考】

「サウジアラビア・シリア:5月のアラブ連盟サミットを見据えた関係改善の動き」『中東かわら版』No.10。

「パレスチナ・イスラエル:アクサー・モスクなどでの衝突激化」『中東かわら版』No.3。

「地震後シリアをめぐる地域情勢――シリア支援外交とイスラエル・イラン関係に注目して――」『中東分析レポート』R22-15。※会員限定。

「シリア・イラン:アサド大統領によるイラン訪問の含意」『中東かわら版』2022年度No.16。

(研究主幹 青木 健太)

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