中東かわら版

№14 イラン:インドと自国通貨での貿易取引を提唱

 2023年5月1日、シャムハーニー国家最高安全保障評議会書記は、インドのドヴァル国家安全保障顧問とテヘランで会談し、二国間の経済取引を自国通貨で行うことを提唱した。5月1日付『ヌール通信』(国家最高安全保障評議会系)によると、シャムハーニー書記はイラン・リヤルとインド・ルピーを用いた金融メカニズムの構築は、様々な経済分野での共通の目的を達するために必要且つ重要な措置だと述べた。その他にも、両者は、政治・経済分野での二国間関係の発展、及び上海協力機構(SCO)やBRICSを通じた協力等について協議した。

 近年、イラン・インド間では、二国間関係の強化に向けて様々な取り組みが行われている。先立つ4月13日、サファリー経済担当外務副大臣はムンバイで開催されたインド・中央アジア合同ワーキング・グループに参加し、イラン南東部に位置するチャーバハール港開発の進捗について協議した。同副大臣は、インドと中央アジア諸国からの更なる投資を呼びかけるとともに、国際南北輸送回廊(INSTC、下図参照)の活性化のためにも同港は重要だと述べた。また、4月28日にニューデリーでSCO国防相会合が開催されたが、前日の27日、アーシュティヤーニー国防相はインドのシン国防相と個別に会談し、両国の軍事関係、INSTCの進捗、及びアフガニスタン情勢について協議した。先立つ3月29日、アブドゥルラヒヤーン外相によるモスクワ訪問時のラブロフ外相との会談でも、INSTC整備の具体化は協議された。

 

図 国際南北輸送回廊(赤線)の経路イメージ

(出所)筆者作成。

 

評価

 今回のシャムハーニー書記発言からは、ロシアによるウクライナ侵攻を経て、イランが現行の国際秩序は大きく変容しつつあるとの認識を有しており、そうした中でインドとの関係強化が重要だと考えている様子がうかがえる。これまでハーメネイー最高指導者やライーシー大統領からは累次にわたり、米国は信用ならない、米国は影響力を失っており今や凋落しつつあるといった発言がなされてきた。米国から厳しい経済制裁を科され、財政が逼迫する中、イランが自国通貨取引をインドと進めようとする背景には、制裁の影響を無効化しようとの経済的観点もあるだろうが、根源的には新たな国際秩序が生まれつつある状況を念頭に共同戦線を築こうとの狙いがあると推測される。

 もう一つ注目すべきは、イランとインドがINSTC整備を通じてユーラシア地域での影響力を拡大させようとしている点である。INSTCとは、インド(ムンバイ)とロシア(モスクワ)をイランとアゼルバイジャン経由で結ぶ道路、鉄道、海路の複合輸送網であり、2002年にロシア、イラン、インドによって始められた。主要な経由地イランは、バンダル・アッバース港を通じてロシア、中央アジア、インドを連結するハブとしての役割を期待されているが、近年ではチャーバハール港を経由した連結も構想に加えられている。このチャーバハール港開発に資金・技術協力を供与しているのがインドだ。

 インドとしてはチャーバハール港開発に関与することで、天然資源が豊富な中央アジアに接続できる利点がある他、中国・パキスタンが共同開発する中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の影響力を抑え込む目的も達成できる。一方、経済制裁に苦しむロシアにとっても、従来の海上輸送網に代わる、代替輸送路の確保は軍事・経済面で喫緊の課題であり、INSTC整備はこの課題の克服に資する。

 総じて、ロシア・ウクライナ戦争が続く状況下、米国の一極体制への抵抗の枢軸を築きたいイランと、伝統的に非同盟国として知られ、変動する国際政治の中で戦略的自律性を追求するインドとの接近が顕著となっている。今後、イランとインドが協力関係をさらに深化させるのか、またインドが中東域内関係の再編にどの程度関与するのかといった点は域内の動向を左右し得る着目点となろう。

 

【参考】

「イラン:ジャースク港への石油パイプライン敷設事業の開始」『中東かわら版』2019年度No.110。

「イラン:インドがチャーバハール港の暫定的な管理権を持つことで合意」『中東かわら版』2017年度No.169。

「イラン:インド、アフガニスタンとチャーバハール港の開発で合意」『中東かわら版』2016年度No.27。

 

青木健太「「自由で開かれたインド太平洋」におけるインフラ開発と秩序形成――チャーバハール港とグワーダル港を中心に」『別冊・中東研究:中東各国動向(2019)』2020年3月

(研究主幹 青木 健太)

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