中東かわら版

№163 イスラエル:司法改革の法制化に反対したガラント国防相を解任

 2022年3月26日夜、ネタニヤフ首相は、司法改革案の法制化への反対を表明したガラント国防相(リクード)を解任した。これで、司法改革をめぐる対立は連立政権内部にまで達した。

 ガラント国防相は25日、1月から続く司法改革をめぐる大規模な反対運動、特に多くの予備役兵が任務拒否に転じたことは国防に深刻な影響を及ぼすと考え、そのような対立を国内にもたらす司法改革の法制化は停止されるべきであると述べた。解任発表を受けた後、参謀総長候補にも上ったことのある同大臣は、「イスラエルの安全は、これまでも今後も私の人生の使命である」とツイートした。野党第一党のイェシュ・アティド党のラピード党首(前首相)は、イスラエルの安全に対する脅威を警告したという理由で国防相を解任したことこそ、国家の安全を損なう行為であると非難した。解任発表後、司法改革反対運動に参加する市民は、テルアビブやエルサレムで高速道路を封鎖したり道路で物を燃やしたりした。ホワイトハウスも国防相解任を深く憂慮すると表明している。

 司法改革への反対は、既に野党、法曹界、軍、諜報機関、経済界に広がっているが、さらにヒスタドルート(イスラエル労働者総連盟)の会長も反対し、近日中に同組織主導のゼネストが発表されるという報道もある。また、アサフ・ザミル・ニューヨーク総領事は司法改革を批判した後に本国に呼び戻され、その後、反対運動に参加するため総領事を辞任した。

 国全体の危機とも言える現状を受け、連立与党は法制化の是非を議論している。ネタニヤフ首相とシャス(超正統派)のデリ党首は法制化の停止を検討しているようだが、宗教右派の宗教シオニズム党やユダヤの力党は法制化をいまだ強く推している。

 

評価 

 司法改革をめぐる対立は、イスラエルの民主主義の危機という問題だけでなく、もはや国家安全保障上の危機に発展している。反対運動が予備役兵の勤務拒否に発展し、政府と軍は有事の際に予備役兵を動員できないリスクに直面しているからである。この危機に対し、ネタニヤフ首相は司法改革を批判したガラント国防相を解任するという手段を採った。この方法は街頭での抗議デモを暴力的なものにしたように(上述)、予備役兵の態度を硬化させ、現役の兵士・将校の間にも反対運動を広げる要因になりうる。そうなれば、イスラエルの国防体制は国内・国外の脅威に脆弱な状態に陥る。

 国防体制の脆弱化は、ラマダーン月に入り東エルサレム情勢が再び緊迫化する恐れのある現在、政府及び軍にとって最も避けたい事態である。しかし、政府と軍を結ぶ命令系統は、政府主導の司法改革によって乱れつつある。全国的に拡大した反対運動を抑えるためには、司法改革案の法制化を一時的にでも停止する必要があると思われる。そのためには、ネタニヤフ首相は、宗教右派政党の連立離脱をも視野に入れて与野党協議を行う必要があるだろう。

 

【参考】

イスラエル:司法改革反対運動の拡大」『中東かわら版』2022年度No.156。

イスラエル:司法改革をめぐりネタニヤフ政権と野党・法曹界・学生が対立」『中東かわら版』2022年度No.133。

(上席研究員 金谷 美紗)

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