中東かわら版

№158 サウジアラビア:イランとの国交回復決定に至った背景及びその影響

 2023年3月10日の、イラン・サウジアラビア間の国交回復合意に関する発表を受けて、サウジのファイサル・ビン・ファルハーン外相はインタビューで、対話を通じた関係改善を両国が望んだ結果だと強調した。双方は2カ月以内の大使館業務再開を目指している。一方で同外相は、これによって両国間の全ての問題が直ちに解決するわけではないと、留意を促した。曰く、国交回復合意の前提として、サウジはイランに他国の内政への不干渉と、核開発をめぐってのIAEAへの協力を求めている。

 また国交回復合意につき、サウジはこれを、2021年春以降のイラクとオマーンでの協議、及び中国の後援と仲介を通したものと位置づけている。ファイサル・ビン・ファルハーン外相は中国について、サウジとイランの双方と良好な関係を築いており、これら3国は地域の安定において利害を共有していると述べた。

 

評価

 注目を集めているイラン・サウジの国交回復合意の決定だが、「合意に至った」という結果の一方で、サウジのイランに対する認識は大きく変わっていない。すなわち、周辺国への干渉や核開発を通じて地域の安全保障環境を不安定化しうる存在、との見方である。にもかかわらず、サウジは2021年以降、イランとの交渉を続けてきた。この理由としては、米軍撤退後のイラクの不安定化を避けるため、アサド政権優位で内戦が膠着状態にあるシリアの安定を維持するため、イエメン戦争の状況打開を図るため、等が挙げられよう。以上を解決し、地域の安定化を確保するためには、イランを排除するよりも、互恵的な関係を築く方が現実的である。この点、国交回復を経て、イラク、シリア、イエメンの情勢がどう好転するかに注目が集まる。

 特に重要なのは、サウジが2015年から軍事介入を続けるイエメンの情勢である。過去2年、サウジ・イラン間の交渉において、サウジはイランに対してイエメンのフーシー派(アンサールッラー)への支援を止めるよう求めてきた。ただし、イランによる直接的な支援は現在ほぼストップしており、フーシー派を独立した存在とする見方もある。その場合、サウジ・イランの国交回復によって同派の動きがけん制されるといった展望は、やや楽観的なものと言えよう(なお国交回復合意についてフーシー派は特段のコメントを発していない)。

 中国については、ファイサル・ビン・ファルハーン外相が説明する通り、サウジ・イラン双方と良好かつ互恵的な関係を築いている点で、今次合意を仲介するのは自然な成り行きともとれる。見方を変えれば、イラク・オマーンという周辺国の仲介では今次合意に至らなったことになるが、これはサウジ・イラン側が、中国に名誉を与えることを選んだ結果だと言えよう。すなわち、域内において最も根深い、世界中が注目する、米国も解消できない対立を中国が取りまとめた、という物語をセットすることである。中国としては、一帯一路構想に基づいて中東進出を進める中、軍事・安全保障分野において米国に取って代わる意図はないと思われるが、こうした名誉の獲得は、米国の安全保障の傘下で湾岸地域で安全にビジネスをする、という従来の方針を一層後押しする要素となろう。

 なおイスラエルは、現時点で、今次合意に明確な反対姿勢を示している唯一の国である。確かにイスラエルとしては、イランという共通の敵、米国という共通の軍事パートナーを有するサウジとの国交正常化は早晩実現するだろうと見なしていた中、サウジがイランと先に手を結んだことは決して愉快な話ではない。しかしサウジ側としては、もとよりイランを完全に孤立させることは、翻って地域を不安定化するリスクを抱えることから、イランへの警戒を解消するビジョンの面でイスラエルとは異なる立場をとっていた。この点、今次合意によってサウジ・イスラエルの国交正常化が「遠のいた」という話ではない。

 

【参考】

「イラン・サウジアラビア:中国の仲介で外交関係が正常化」『中東かわら版』2023年度No.157。

(主任研究員 高尾 賢一郎)

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