中東かわら版

№157 イラン・サウジアラビア:中国の仲介で外交関係が正常化

 2023年3月10日、中国の仲介により、イランとサウジアラビアが外交関係の正常化に合意した。同日付三カ国共同声明によると、両国は外交関係を正常化させること、今後2カ月以内に大使館を相互に再開させること、互いに国家主権を尊重し相手国の内政に干渉しないこと、両国外相が適切にフォローアップすること等に合意した。同声明には、本合意が中国の習近平国家主席の寛大なイニシアチブに応えたものであること、三カ国は対話と外交を通じて不一致の解消に努めること、サウジとイランはイラクとオマーンによる仲介努力に謝意を示す旨等も盛り込まれた。今次合意に至る協議は、3月6~10日にわたって北京で行われ、中国からは王毅中国共産党中央外事工作委員会弁公室主任が、サウジアラビアからはアイバーン国務相兼国家安全保障顧問、イランからはシャムハーニー国家最高安全保障評議会書記が参加した。

 合意が発表されると、イランのアブドゥルラヒヤーン外相は、今次のイラン・サウジの外交関係正常化は、両国、地域、及び、イスラーム世界に大きな可能性をもたらすと称賛し、第13期政権の外交政策の基軸である近隣外交は正しい方向に進んでいるとツイートした。また、同外相は直ちにイラクのフサイン外相、オマーンのブーサイーディー外相、及び、カタルのアブドゥルラフマーン首相と相次いで電話会談し、各国からの仲介支援に謝意を伝えた。今次合意には、イラク、オマーン、カタルに加えて、米国、フランス、ヨルダン、バハレーン、UAE、トルコ、シリア、クウェイト、国連、イスラーム協力機構(OIC)、湾岸協力理事会(GCC)等から歓迎の意が示された。

 2016年1月、イランとサウジは、サウジ内務省がシーア派高位聖職者を含む47人に死刑執行を公表し、それを受けて在イラン・サウジ大使館が暴徒の襲撃に遭ったことを主な理由として外交関係を断絶していた(詳細は『中東かわら版』2015年度No.144参照)。両国関係はしばらく冷え込んだが、2021年4月頃からイラクの仲介によりバグダードで両国代表団による協議が続けられていた。

 

評価

 2021年以降、イランとサウジが協議を重ねてきたことは周知の事実だった。中東域内関係の再編が進行する現在、両国がいずれかの段階で外交関係を正常化させることは予想されたことだったとはいえ、合意を最終化させたのが中国だった点は大きなサプライズだった。原則的に、中国は中東諸国の内政に干渉しない立場を堅持しつつ、貿易・投資分野での経済的関与を中心とした関係構築に取り組み、軍事・政治的関与には慎重な姿勢を示してきた。しかし、こうした中国の中東進出の特徴が、直近では、2022年12月の習主席のサウジ訪問、2023年2月のライーシー大統領の中国訪問等を経て、クリーン・エネルギー、宇宙開発、情報技術、デジタル経済、脱炭素等、多分野に拡大する様相を呈してきた。今般、中国が中東域内の緊張緩和への積極姿勢を内外に知らしめた点は、中国の中東進出が質的に変化する兆候といえる。この背景にある中国の狙いは必ずしも明らかではないが、近年、同国は米国の単独覇権主義に抗する姿勢を強化しており、中東から影響力を減退させる米国との大国間競争の文脈を意識してのものだった可能性はある。また、中東は中国にとって原油輸入を筆頭に重要なエネルギー調達先であることから、エネルギー供給確保の観点も重要視されたであろう。

 当事国イランの観点から見ると、サウジはペルシャ湾を挟んだ隣国であり、とりわけイスラエルとアラブ諸国間の関係正常化合意であるアブラハム合意(2020年9月)、及び、カタル包囲網の解除を方向づけたウラー合意(2021年1月)を経て地域全体で関係再編が顕著となる中、サウジアラビアとの緊張緩和は前向きに検討され得る課題である。特に、イランは、2022年9月以来続く抗議デモの扇動で中心的役割を果たしたのが、サウジが支援する反イラン体制メディア「イラン・インターナショナル」と捉えてきた。3月6~10日の5日間の協議で、この点でサウジから譲歩を引き出した可能性はある。

 もう一つの当事国サウジの観点から見ると、イランと同様に域内関係再編の動きを受けてイランとの関係改善に舵を切った側面も指摘できようが、より喫緊の課題としてイエメン戦争の終結に向けてイランから協力を得たいとの考えがあったと見られる。イランはアンサールッラー(通称フーシー派)を背後から支援していると言われており、これを抑制する妥協案をサウジがイランから得た可能性はある。そして、目下、中国はサウジにとって最大の貿易パートナーであり、将来もこの傾向は変わらないと見られることから、中国の意向を汲む必要があるとのインセンティブが働いたと考えられる。この点は、イランにも同様だと思われる。

 もっとも、イエメン戦争に加えて、イランが核開発を進める状況をサウジが警戒するなど、イラン・サウジ間には争点が多くある。両国の外交関係が軌道に乗るまで、過度に楽観視することは控えるべきであろう。特に、これまでサウジと良好な関係を築いてきた米国にとって、今次の中国の仲介による緊張緩和は外交的失点であることから、中東における影響力確保を巡る米中の対立関係に注目を要する。また、イランを孤立化させ脅威を抑え込みたかったイスラエルのネタニヤフ政権にとり、イランをアラブ諸国との関係強化に向かわせる今次合意の締結は打撃であり、今後、イスラエルは自国に有利な状況を再構築するための対応に迫られるだろう。

 このように各国の事情・狙いがあり今後の不安要素はあれど、米国の中東における影響力が減退する反面、中国による中東への関与は強まると考えられる。今次合意は、この長期的変化を映す一つの出来事である。

 

【参考】

「サウジアラビア・イラン:国交の断絶」『中東かわら版』2015年度No.144。

(主任研究員 青木 健太)

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