中東かわら版

№155 トルコ:野党分裂騒動と大統領統一候補の発表

 

 2023年3月6日、共和人民党(CHP)、善良党(İYİ)、至福党(SP)、民主党(DP)、民主主義進歩党(DEVA)、未来党(GP)の野党6党連合(国民同盟)は、共同記者会見を開き、大統領選統一候補としてCHPのクルチダルオール党首を擁立することで合意したと発表した。

 記者会見に臨んだクルチダルオール党首は、「国民同盟として今後も協議と合意を重ね、トルコを統治していく。強化された議会制度移行プロセスに向けロードマップを策定し、11項目について合意に達した」と述べ、選挙で勝利した場合には、CHPを除く5党首が副大統領に就任すると明らかにした。

 統一候補発表に至るまでの数日間、6党は激しい議論と危機を経験した。とりわけCHPとともに同盟を牽引するİYİのアクシェネル党首が、クルチダルオール党首ではない他の候補者擁立を主張したことで、同盟間に亀裂が生じた。

 2023年3月2日、6党首はアンカラで会合を行い、大統領選の統一候補選定に向けた協議を実施し、最大野党CHPのクルチダルオール党首を統一候補として選出する方向で最終調整がなされたが、これを不服とするアクシェネル党首はこの案を留保した。翌3日に行われたİYİの総会後、アクシェネル党首は「同盟はその決定に国民の意思を反映する能力を失っている。同盟は大統領候補の可能性について議論できる共通の枠組みではなくなった。」との声明を発表し、同盟からの離脱を表明した。

 これを受け、CHPを含む5野党は3月4日に党首会合を行い、引き続き連携していくことを確認するとともに、候補者をクルチダルオール党首で一本化することで合意した。また、終了後の声明では(アクシェネル党首からの批判に間接的に応じる形で)、同盟は設立以来、合議、協調、譲歩が意思決定プロセスの柱であったと主張した。

 İYİの離脱表明後も、GPのダウトオール党首、DEVAのババジャン党首がアクシェネル党首と会談した他、ヤヴァシュ・アンカラ市長、イマムオール・イスタンブル市長もİYİの党本部を訪問し、同党首と面会する等、同盟復帰に向けた説得が継続された。とりわけ両市長は、面会終了後に改めて、野党間の結束が不可欠との考えを示した。こうした周囲の努力により、3月6日に行われた最終会合にアクシェネル党首は参加を表明し、同盟に復帰した。

 一方、与党側は冷ややかな反応をみせた。エルドアン大統領は、İYİの野党同盟からの離脱に関して、政府はトルコ・シリア地震への対応と被災者支援に集中しており、野党連合の政治的な駆け引きには関心がないと述べ、今後、İYİの同盟離脱についてはコメントしない旨、付言した。

 

評価 

 

 国民連合は、3月6日に大統領選の統一候補者名を発表する予定だったが、アクシェネル党首の言動に振り回されることとなった。イデオロギー、思想信条がそれぞれ異なる6党だが、集権的な大統領制からより強化された議会制へ戻すことを柱に団結してきた。約20年ぶりの政権交代実現に向けて交渉を重ね、1年以上にわたる準備を行ってきたが、今次騒動で政党間に亀裂が生じたことは間違いないだろう。

 だが、こうした騒動は今に始まったことではない。数カ月前からCHPとİYİ間で候補者の選定をめぐって不協和音が生じ、候補者擁立に向けた調整が難航していると報じられてきた。エルドアン大統領は、大統領・議会選日程を当初の予定から約1カ月繰り上げ、5月14日に実施すると明らかにしており、選挙を目前にしてもなお、候補者を明らかにしない野党連合に対し、与党のみならず国民からも早期に公表すべきとの声が高まっていた。

 こうした状況の中でİYİを除く5党は、エルドアン政権打倒に向け、CHPのクルチダルオール党首を大統領選の候補者とすることで、大筋で合意していた。一方のİYİは、これまでの世論調査結果を踏まえ、クルチダルオール党首ではなく、人気の高いヤヴァシュ・アンカラ市長、イマムオール・イスタンブル市長(両者ともCHP所属)のいずれかを候補者とすべきとの姿勢を崩さなかった。同盟を牽引するCHP、İYİ双方の溝を埋めるべく臨んだ3月2日の会議は約4時間に及び、合意に向けた最終調整が行われたものとみられる。しかし、終了後に「我々の要求は却下された」とアクシェネル党首が明かしたように、İYİの主張は通らず、今次離脱につながったとみられる。

 İYİがクルチダルオール党首を候補者に据えることを是としない理由として、前述の通り、同氏ではエルドアン大統領に勝てないとみている点に加え、クルチダルオール党首がクルド人で国内少数派のアレヴィー派であることが挙げられる。İYİは、現在、与党と同盟を組む民族主義者行動党(MHP)から分かれて設立された政党で、中道右派を標榜するものの、同党の支持層にはアレヴィー派を異端とみなす、トルコ民族主義やイスラーム主義支持者も多い。さらにİYİ党内でもクルド人でアレヴィー派のクルチダルオール党首自身に対して否定的な意見があることも事実である。

 数日間の紆余曲折を経て、İYİは国民同盟に復帰したが、副大統領を複数置くことについて今度はGPのダウトオール党首が難色を示すなど、最終発表直前まで調整は難航した。大統領候補者の発表でとりあえずの難局は乗り越えたが、数日の混乱がこれまでの勢いに冷や水を浴びせる形で、野合の脆弱性が露呈したと言わざるを得ない。一方、支持率の低迷が指摘されていたエルドアン政権にとっては、野党の失策が「棚ぼた」式の追い風となる可能性が高い。

 

 

(主任研究員 金子 真夕)

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