中東かわら版

№150 シリア:地震による諸外国のシリア関与と域内情勢への影響

 2月6日にトルコ・シリアで発生した大地震によって、シリアではアレッポ県、イドリブ県、ラタキア県、ハマ県で多数の犠牲者が発生した。シリアにおける地震による死者数は、27日までに5900人以上、このうち武装勢力が支配する北西部は国連発表によると4500人以上である。

 シリアでの被災地救援活動の最大の障害は、被災地域が政府支配地域と武装勢力の実効支配地に広がるために、救援物資が届きやすい場所(政府支配地域)と届きにくい場所(武装勢力支配地域)にわかれてしまうことである。下の図は北西部の状況を示したものである。イスラーム過激派「シャーム解放戦線」(HTS)が支配するイドリブ周辺、シリア国民軍(SNA;イスラーム過激派も参加)が支配するアアザーズ周辺は、地震発生前から、バーブ・ハワ国境検問所だけが唯一の国際人道支援の搬入路となっており、住民の貧困や衛生問題が指摘されていた地域である。地震発生後、武装勢力は、シリア政府が被災地救援を理由に北西部の奪還を試みることを恐れ、政府支配地域からの支援物資を拒み、現在も円滑な搬入が難しい。このような状況下、アサド大統領は13日、3カ月の期限付きでバーブ・サラーマとラーイーの2カ所の国境検問所を開放した。

(出所)筆者作成。

 シリアの被災地支援の必要性が国際社会に認識される中、シリアと周辺諸国のハイレベル交流が活発化している。イランからは、革命防衛隊ゴドス部隊トップのガーアーニー司令官が9日までにはアレッポ入りし、イランからの救援物資の運搬作業の監督や、被災状況の視察を行った。最大規模の人道支援を提供しているUAEからは、アブドッラー・ビン・ザーイド外務・国際協力相(12日)と保健相(21日)がそれぞれダマスカスを訪問し、アサド大統領やガッバーシュ保健相と会談した。ヨルダンのサファディー外相(15日)、エジプトのシュクリー外相(27日)は、2011年の内戦勃発以来初めてシリアを訪問し、ミクダード外相と会談した。また、アサド大統領は20日、10年以上ぶりにオマーンを訪問し、ハイサム国王と二国間関係について協議した。こうした周辺諸国のシリアへの関与を受けて、サウジのファイサル・ビン・ファルハーン外相はミュンヘン安全保障会議において、アラブ諸国の中でシリアの孤立化はもはや実際的ではないとのコンセンサスが出来上がっており、少なくとも人道支援や難民帰還問題でシリア政府と対話しなければならないと述べた。これは、アサド政権との関係正常化を拒んできた米国と対照的な態度である。

 

評価

 周辺諸国の積極的なシリア支援の中で特に注目されるのは、UAEとサウジ、イランによる政治的な関与である。アサド大統領が13日に決定した国境検問所2カ所の開放は、ロイターによると、アブドッラー・ビン・ザーイドUAE外相がシリアを訪問した際にアサド大統領を説得した結果とされる。シリアとロシアは、常々、北西部への国際人道支援の提供はシリア政府を経由した方法だけを支持しており、バーブ・ハワ検問所の利用を渋々承認していた。このような立場のシリア政府を、UAEが2カ所の国境検問所の追加開放で説得できた意味は大きい。アサド大統領が追加開放に合意した理由には、緊急人道支援の必要性を理解していたこともあるだろうが、それ以上に、UAEが以前から制裁下のシリアと貿易を行ったり、人道支援を提供したりしてきた重要なパートナーであるからだ。また、UAE外相が地震後にシリアを訪問したことは、域内で孤立するシリアに継続的に関与する姿勢を見せるためでもあろう。

 サウジのファイサル・ビン・ファルハーン外相によるシリア孤立化の解消を支持する発言は、UAEが見せたシリア関与の姿勢より、さらに率直に現状変更を求めた行動である。もとより、ヨルダン、エジプト、アルジェリアも、以前からシリアのアラブ連盟復帰を求めるなど同国の孤立化解消を支持しており、サウジの発言は実際にアラブ諸国の合意を反映したものである。アラブ諸国がシリアの域内統合を支持する理由の一つには、シリアにおけるイランのプレゼンスの増加への懸念があるためと考えられる。

 イランは、内戦においてシリア政府を軍事的に支援する一環で、革命防衛隊の支援を受けるいわゆる「イラン系民兵」をシリアに送り込み、各地に軍事拠点や民間インフラを構築してきた。さらに、地震発生後の9日には、公に姿を現すことの少ないガーアーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官がアレッポを訪問した様子が公開された。これは、イランにとってはシリアへの人道的・政治的関与を対外的に誇示するためと思われ、湾岸アラブ諸国は相当に警戒したと考えられる。

 したがって、現在、アラブ諸国とイランは、地震被災地への救援活動という大義のもとシリアへの関与を増加させている局面であり、今後も復興支援を通じて続くと思われる。また、この過程で、イスラエル軍によるシリアのイラン権益に対する空爆も増加すると考えられる。今後、シリアをめぐる域内政治がどのように変化するか注目される。

(上席研究員 金谷 美紗)

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