中東かわら版

№145 イラン:ライーシー大統領の中国訪問の意味

 2023年2月14~16日、ライーシー大統領は、中国の習近平国家主席の招待で同国を公式訪問した。ロウハーニー前大統領が2018年6月に上海協力機構(SCO)首脳会議のため訪中したことはあるが、イランの大統領が国賓として訪中するのは過去20年で初と伝えられた。

 今次訪問の目的について、ライーシー大統領は出発直前の13日に記者団に対し、イランは中国と良好な政治・経済関係を有しているが、両国は特に貿易分野における関係促進で後れをとっており、このギャップを埋める必要があると述べた。

 14日、ライーシー大統領は、習国家主席、李克強国務院総理、栗戦書全国人民代表大会常務委員長とそれぞれ会談した。イラン外務省発表によると、習国家主席との会談において、ライーシー大統領は概要以下の発言をした

 

  • イラン・中国の敵の反対にもかかわらず、二国間関係は進展している。
  • 両国は困難な時の友人であり、こうした強固な関係は地域と世界の安定に資する。
  • イランは、中国がイランの領土の一体性を尊重するとの立場、国際秩序における単独覇権主義への対抗、及び、外部者による内政干渉に反対する姿勢を歓迎する。
  • 中国による経済制裁解除に向けた交渉での建設的な役割を、イランは支持する。
  • 両国関係は前進しているが、本来あるべき位置にないため、更に前進の必要がある。
  • イランは中国の一帯一路を支持する。
  • 政治・経済に留まらず、農業、自動車、鉱業、観光、合同経済委員会の活性化など多分野で関係拡大を希望する。
  • イランはコロナ禍での中国の支援に感謝する。

 

 これに対して、習国家主席は、25カ年包括的協力協定の履行は両国関係の発展に非常に有効である、単独覇権主義が国際社会の平和と安定を乱している、イランの領土の一体性を支持する、中国企業はイランに投資する用意がある、中国は核合意再建に向けた協議に建設的に参加する、等と発言した。

 また、同日、ライーシー大統領と習国家主席の同席の下、20のMoUが署名された。MoUが取り扱う分野には、危機管理、観光、通信、情報技術、環境、貿易、知的財産権、農業、輸出、保健、メディア、スポーツ、文化遺産保護などが含まれた。

 翌15日、ライーシー大統領は北京大学で研究者や学生に向けて講演し、中国が提唱する一帯一路構想を歓迎すると発言した上で、現在、新しい世界が形成されつつあり、こうした状況では新しい秩序が必要だと述べ、単独覇権主義ではなく多国間主義と最大限の協調と尊厳に基づく秩序形成の重要性を指摘した。北京大学はライーシー大統領に対し、名誉教授の称号を授与した。加えて、同大統領は中国滞在中、同国の知識人・有識者ら、経済活動に従事する企業幹部らとの会談に出席した他、中国在住イラン人らと懇談するなどした。

 

評価

 近年、イラン・中国は、急速に多分野での関係を強化してきた。ここ数年の動きを見るだけでも、25カ年包括的協力協定の締結(2021年3月)、SCO正式加盟の承認(同9月)、バンダル・アッバース港における中国総領事館開設の承認(同12月)、アブドゥルラヒヤーン外相の訪中(2022年1月)、SCO正式加盟に係る約束覚書の署名(同9月)等、主にイランの「ルック・イースト」政策を反映した形で戦略・政治面での関係強化が進められてきた。この背景には、米国によるイランに対する厳しい金融・原油取引制限と経済制裁の発動、それに伴う失業増加、物価高騰、通貨下落等の経済不況があることはいうまでもない。さらに、ロシア・ウクライナ戦争が続く中、米国の単独覇権主義への対抗を旗印に、イラン・中国が接近している側面もあると考えられる。

 一方、掛け声の大きさにもかかわらず、イラン・中国間では合意された内容が着実に履行されているとはいい難い状況が続いていた。確かに、イラン貿易促進機関統計データ(2021年)に基づけば、中国はイランにとって輸出相手国として第1位、輸入相手国として第2位に位置し、イラン産原油の購入も続けていると見られるなど、最大の貿易相手国である。しかし、本来、包括的協力協定は、イランに対して一帯一路構想の下でインフラ開発という恩恵をもたらすとともに、中国がイラン産原油を長期的に安定的な量を輸入する計画が謳われていた(詳しくは『中東分析レポート』R20-10【会員限定】参照)。ライーシー大統領の発言から見て、イランとしては、中国から将来の確固たる経済・貿易面での協力強化の姿勢を確認したかったものと考えられる。今次訪問中、20のMoUが締結されたとはいえ、中国からイランへの巨額の投資、あるいは、新規事業開始の発表等がなかったことは、報道の過熱ぶりに対して、実態が伴っていなかったことを示している。

 とはいえ、欧米各国が、イラン国内の人権問題やロシアへのドローン供与疑惑等を理由に制裁を科し続ける中、イランが「東」側に接近する大局的な方向性に変わりはないと考えられる。特に、中国は内政不干渉の姿勢を掲げており、この点はイランから歓迎されるだろう。他方で、習国家主席のサウジ訪問(2022年12月)中、中国・GCC首脳会議の共同声明でイラン・UAE間で係争となっている3島(大トンブ島、小トンブ島、アブー・ムーサ島)の領有権を巡り、中国がUAEの肩を持つような立場を示したことがイランの反感を招いたこともある。イランにとって、中国がアラブ諸国とどのような関係を取り結ぶにしても、それは他国の事情と見做されるだろうが、領土の一体性に関わる問題には繊細さを要する。中国は、イランとアラブ諸国との間でのうまい立ち回りを迫られるだろう。一方のイランとアラブ諸国は、将来の中東にとって最大の経済パートナーとなり得る中国との関係作りで「綱引き」をすることになるかもしれない。

 

【参考】

「イラン:上海協力機構(SCO)加盟にかかる約束覚書に署名」『中東かわら版』No.86。

「イラン:中国との外相会談で25カ年包括的協力協定の始動を確認」『中東かわら版』2021年No.103。

「イラン:イラン・中国包括的協力協定が締結」『中東かわら版』2020年No.149。

「イラン・中国関係の進展と今後の展望」『中東分析レポート』R20-10。※会員限定。

(主任研究員 青木 健太)

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