中東かわら版

№134 トルコ:スウェーデンでのPKK支持者デモとコーラン焚書事件へのトルコの反応

 

 2023年1月21日、スウェーデンのストックホルムにあるトルコ大使館前で、コーランが燃やされる事件が発生した。この事件を引き起こしたのは、デンマークの極右政党「Stram Kurs - Hard Line」に所属し、同国とスウェーデンの二重国籍を保有するラスムス・パルダンで、過去に人種差別的な言動で有罪判決を受けた経歴を持つ人物である。パルダン氏は、コーランを燃やすことを数日前から公言していたが、スウェーデン当局は「表現の自由」を理由に同氏の行動を阻止しないことを明らかにしていた。

 今次事件を受け、トルコ外務省は、「「表現の自由」の名の下にイスラーム嫌悪の挑発行為を許可したスウェーデンの卑劣な攻撃を、もっとも強い言葉で非難する」との声明を発表し、スウェーデン当局に憎悪犯罪の加害者に対する必要な措置を講じるよう求めた。また、アカル国防相は、1月27日にアンカラで予定されていたスウェーデンのジョンソン国防相との会談を取りやめたことを明らかにした。最大野党、共和人民党(CHP)のクルチダルオール党首も「聖なるコーランへの攻撃は容認できず、パルダン氏のファシスト的な行為は憎悪犯罪の頂点だ」と強く非難した。

 スウェーデン国内ではトルコ政府と対立するクルディスタン労働者党(PKK)の支持者らによる、同国のNATO加盟反対と、トルコ政府、エルドアン大統領を糾弾するデモが断続的に行われている。2023年1月13日には、ストックホルム市庁舎前で、デモの参加者がエルドアン大統領を模した人形を逆さづりにし、その様子を撮影した動画がトルコ語の字幕付きでSNS上にアップロードされた。動画にはトルコ、エルドアン大統領を脅迫、侮辱する内容が含まれていたことから、エルドアン大統領はアンカラ首席検察庁に刑事告発し、犯人特定に向けた捜査の実施を要求した。また、シェントプ大国民議会(国会)議長も、スウェーデンのノーレン国会議長との会談をキャンセルした他、トルコ外務省はヘルストローム駐トルコ・スウェーデン大使を呼び出し抗議する等、波紋を広げた。

 

評価 

 

 「表現の自由」を盾にコーランを燃やす行為を黙認したスウェーデン当局に対し、トルコ国内では反発が広がっている。急進的なアナトリア青年協会(AGD)のメンバーらは、「シャリーア万歳、殉教こそ唯一の道」、「コーランに伸びる手を折ろう」、「ヨーロッパではなくイスラームの統一を」等のスローガンを唱えながら、イスタンブル中心部にあるスウェーデン総領事館までデモ行進し、総領事館前でスウェーデン国旗に火をつけ踏みつけた。

 スウェーデンとフィンランドは、ロシアのウクライナ侵攻を受け、NATO加盟を正式に表明しており、現在加盟国の承認待ちの状況にある。北欧2カ国がNATOメンバーとなるためには、現加盟国の全会一致が条件となっているが、トルコは、北欧2カ国の加盟に対してトルコの安全保障上の懸念を共有することを、加盟認定条件としている。この中には、スウェーデンに避難しているPKK、フェトフッラー派テロ組織(FETÖ)メンバーの引き渡し、反トルコ的な行動の防止が含まれている。しかし、こうしたトルコの要求にスウェーデン国内のPKK及び関連組織は危機感を強め、反NATO、反トルコキャンペーンを行ってきた。また、ヨーロッパでは移民・難民、反イスラームを掲げる極右勢力の存在感も高まっており、トルコは、PKKのみならず、反イスラーム主義とも対峙しなければならない状況にある。

 2023年の1月だけで二度も発生した、一連の反イスラーム的な事件は、トルコはもとより、中東・イスラーム諸国からも猛反発を引き起こしている。イスラームの聖典であるコーランを燃やすという暴挙は当然ながら、それを黙認したスウェーデン政府に対するムスリムの感情も悪化しており、今後、同国を狙ったイスラーム過激派の攻撃も懸念される。

 再選を狙うエルドアン政権としても、間近に迫った選挙を前に、対スウェーデン政策で強硬姿勢を示す必要があり、現状において、スウェーデンのNATO加盟の可能性は限りなくゼロに近いと言わざるを得ない。

  

【参考】

「トルコ:フィンランド、スウェーデンのNATO加盟申請に対するトルコの反応」『中東かわら版』No.18

「トルコ:フィンランド、スウェーデンのNATO加盟容認」『中東かわら版』No.43

 

(主任研究員 金子 真夕)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP