中東かわら版

№133 イスラエル:司法改革をめぐりネタニヤフ政権と野党・法曹界・学生が対立

 2023年1月11日、レヴィン法相(リクード)は、下表の通り、司法改革法案の概要を発表した。以前からリクードなど右派勢力は、司法府(裁判所、弁護士、検察)は「ユダヤ人国家イスラエルに敵対的な左翼」にコントロールされ政治化されていると主張しており、ネタニヤフ政権は、国民が選んだ代表者(国会)の意向が司法府に反映されるべきという名目で改革を目指している。したがって、改革案は、判事の選定に政府の意向を反映し、最高裁が国会での立法に介入できないようにする方向性で作られた。

 11日にレヴィン法相が概要を発表すると、野党や法曹界で広がりつつあった反対の動きがさらに拡大した。現役の最高裁判事や検事総長、元最高裁長官・判事などが公の場で反対意見を述べ、弁護士数百人が反対デモに参加した。14日には、テルアビブ、エルサレム、ハイファで8万人が反対デモに参加し、16日は主要大学10校以上で学生のストライキが行われた。この動きに対し、レヴィン法相は司法府は司法改革を政治化したと反論し、ネタニヤフ首相は、連立与党は総選挙前から司法改革案を議論しており、改革案は国民から支持を得ていると主張した。

【ネタニヤフ政権の司法改革の概要】

内容

現在

変更後

判事選定委員会の委員選定方法

○委員9 ※政府の任命枠は3

(法相1、大臣1、議員2[与党1野党1]、弁護士協会任命2、最高裁長官1、最高裁判事2)

●委員11 ※政府の任命枠は7~8

(法相1、大臣2、議員3[与党2野党1?]、法相任命2、最高裁判事任命3)

●最高裁判事の任命:6名以上の賛成

最高裁長官・副長官の任命方法

○年功序列(最高裁判事を最も長く務める人物が長官に任命される)

○任期7年

判事選定委員会の委員6名以上の賛成で任命する

●任期6年

最高裁の法律審査権の制限

○国会で成立した法律の合法性を審査

(審査に関する法律はない)

●最高裁判事全15名が出席し、12名以上が賛成したとき、最高裁は法律を無効化できる

国会は、法律の無効化から4年経過後、議員61名以上の賛成で同じ法律を成立させることができる再成立した法律は最高裁の審査対象外となる

●最高裁判事全15名が法律の無効を支持した場合、国家は任期中に同じ法律を成立させることができない。ただし、新たに成立した国会において、同じ法律を成立させることができる

最高裁の合理性判断

○最高裁は合理性(reasonableness)に基づき政府決定に是非の判断を下すことができる

合理性に基づく判断の権限を削除する

(出所)現地紙をもとに筆者作成。

 

評価

 ネタニヤフ政権がこうした改革を行う理由は、過去に法曹界がネタニヤフ政権の政策に異議を表明し、対立した経緯があるからだ。その政権が提出した司法改革案は、民主主義の原則である法の支配や司法の独立を脅かす内容を含む。

判事選定委員会は全国の裁判所の判事を任命するため、委員会に政府の立場に近い人物が多ければ、裁判所が政府の決定を覆す判決を出す可能性が低くなる。改革案では、全11名のうち7~8名が政府任命枠となり、政府寄りの判事が大幅に増える。この変更は、判事の司法判断に政府が間接的に関与するとも解釈できるため、司法の独立が脅かされる場合がある。特に、ネタニヤフ政権の司法の独立を軽視する傾向に鑑みると、そのリスクは高い。また、最高裁長官・副長官を年功序列ではなく判事選定委員会の多数決で選出するとなると、最高裁判事としての経験など資質面に拠らない任命が行われる可能性がある。

 また、最高裁の法律審査権を大幅に制限する案も、法の支配、司法の独立を明らかに脅かす。裁判所が様々な法律や状況を考慮して「問題あり」と判断した法律が無効化されたとしても、4年後に国会で再び同内容で立法できるということは、裁判所の司法判断を事実上無視することになる。また、法律無効化の根拠として用いられる「合理性」の判断も、概念の曖昧さや判事の主観が入りやすいという理由で削除される。最高裁の法律審査権と合理性による判断は、デリ内相・保健相(シャス)の任命取り消し請求裁判で焦点となっており、ネタニヤフ政権としては連立を維持するためにも必ずこの改革を実現したい。

 近年、イスラエルに限らず、アメリカなどの民主国家で、政府が司法に介入する事象がしばしば見られる。こうした政府は、司法への介入の根拠として、民主的に多数決で選ばれた政府の正統性を掲げる。しかし、民主主義は多数決原則だけで成り立つのではなく、人権や自由の保護、三権における司法の独立も含む。ネタニヤフ政権の司法改革は、「多数派の専制」で司法府を政府の従属化に置く試みである。

(上席研究員 金谷 美紗)

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