№132 イスラエル:ネタニヤフ内閣の成立
2022年12月29日、国会(クネセト)で、リクードのネタニヤフ党首を首班とする第37期内閣が賛成多数で承認された。ネタニヤフは2021年6月に首相を退くまで、イスラエルの首相としては最長の合計13年間を務めたが、わずか1年半後に首相に返り咲いたことになる。以下の表は、第37期内閣の閣僚名簿である(一部副大臣ポストは省略)。
ネタニヤフ新政権は、右派のリクードに加え、極右のユダヤの力党と宗教シオニズム党、ユダヤ教超正統派のシャスと統一トーラー・ユダヤ連合から成る連立政権で、全120議席中、64議席を占める。このうち極右政党は、入植地の拡大、パレスチナ人に対する暴力扇動、性的少数者に対する差別行動を主張するため、イスラエル史上最も右寄りの政権となった。さらに、リクードを含む右派勢力全体は、司法府を「左翼」とみなし、政府が司法府をコントロールできる法律の成立を目指している。
大臣名 |
氏名 |
所属政党 |
備考 |
副首相 |
ヤリヴ・レヴィン |
リクード(右) |
元公共治安相・国会議長 |
法相 |
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辺境・ネゲヴ・ガリラヤ開発相 |
イツハク・シモン・ヴァッサーラウフ |
ユダヤの力(極右) |
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社会平等・年金相 |
アミハイ・シクリ |
リクード(右) |
2022年ヤミナ党離党 |
ディアスポラ相 |
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パブリック・ディプロマシー相(新設) |
ガリット・ディステル・アトバルヤン |
リクード(右) |
女性 |
建設・住宅相 |
イツハク・ゴールドクノップフ |
統一トーラー・ユダヤ連合(超正統派) |
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農業・地方開発相 |
アヴィ・ディクター |
リクード(右) |
元国内戦線防衛相、国内治安相 |
通信相 |
シュロモ・カルヒ |
リクード(右) |
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文化・スポーツ相 |
マフルーフ・ミキ・ゾハル |
リクード(右) |
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国防相 |
ヨアヴ・ガラント |
リクード(右) |
元教育相など;元南部方面軍事司令官 |
財務相 |
ベツァルエル・スモトリッチ (※2年後財務相をアリエ・デリと交代) |
宗教シオニズム(極右) |
元運輸相 |
国防省内大臣 |
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経済・産業相 |
ニール・バルカト |
リクード(右) |
元エルサレム市長 |
教育相 |
ヨアヴ・キッシュ |
リクード(右) |
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地域協力相 |
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エネルギー相 |
イスラエル・カッツ (※1年後エリ・コーヘンと交代) |
リクード(右) |
元財務相、外相、諜報相など |
環境保護相 |
イディット・シルマン |
リクード(右) |
女性;2022年ヤミナ党離党 |
外相 |
エリ・コーヘン (※1年後イスラエル・カッツと交代) |
リクード(右) |
元諜報相、経済・産業相など |
保健相 |
アリエ・デリ (※2年後財務相を兼任) |
シャス(超正統派) |
元内相、ネゲヴ・ガリラヤ辺境開発相など |
内相 |
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移民・吸収相 |
オフィル・ソフェル |
宗教シオニズム(極右) |
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諜報相 |
ギラ・ガムリエル |
リクード(右) |
元環境保護相、社会平等相など |
エルサレム問題・遺跡担当相 |
アミハイ・エリヤフ |
ユダヤの力(極右) |
父、祖父はセファルディー主席ラビ |
労働・社会問題・社会サービス相 |
ヤアコヴ・マルギ |
シャス(超正統派) |
元宗教サービス相 |
国民ミッション相(新設) |
オリット・マルカ・ストロク |
宗教シオニズム(極右) |
女性 |
国家安全保障相 (新設) |
イタマル・ベン・グヴィル |
ユダヤの力(極右) |
カハの元メンバー |
宗教サービス相 |
ミハエル・マルキエリ |
シャス(超正統派) |
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科学技術相 |
オフィル・アクニス |
リクード(右) |
元科学技術相 |
戦略問題相 |
ロン・デルメル |
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元駐米大使;元ネタニヤフ首相補佐官 |
観光相 |
ハイム・カッツ |
リクード(右) |
元労働・福祉・社会サービス相 |
運輸・道路安全相 |
ミリ・ミリアム・レゲヴ |
リクード(右) |
女性;元運輸相 |
無任所相 |
メイル・ポルシュ |
統一トーラー・ユダヤ連合(超正統派) |
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首相府付き副大臣 |
アヴィ・マオズ |
ノアム党(極右) |
元内務省・住宅省事務次官 |
(出所)イスラエル国会ホームページ、現地紙より筆者作成。
評価
新内閣の顔ぶれで特に問題視されている点は3つある。まず、ユダヤの力党(極右)のベン・グヴィル党首の国家安全保障省(新設)大臣就任である。同省は、警察を管轄する公共治安省を改称した上で、国防省管轄下にあった国境警察(エルサレムや西岸地区で軍と共にテロ対策や法執行作戦を任務とする)の統括権限が新たに加えられた。この権限変更は連立合意に基づく決定である。ベン・グヴィルは極右組織カハの元メンバーで、パレスチナ人の暴力的排除を支持し、頻繁に東エルサレムで反パレスチナ活動を行ってきた。彼の就任によって国境警察のパレスチナ人対応が強硬になることが懸念される。
次に、宗教シオニズム党(極右)のスモトリッチ党首が、財務相ポストに加えて、国防省内大臣(副大臣級)を兼任したことである。財務省は、イスラエルがパレスチナ自治政府(PA)の代わりに徴収する税金のPAへの送金を担当する。スモトリッチは1月8日、PAへの送金をさっそく停止し、その金をテロ犠牲者遺族への補償金に回した。他方で、スモトリッチは国防相ポストを要求していたが、リクード内部や国防エリートの強い反対を受け、元南部方面司令官のヨアヴ・ガラントが国防相に任命された。元軍高官が国防相に就任するという従来のパターンを踏襲した形である。その代わり、スモトリッチは国防相内大臣(副大臣級)というポストを兼任することで、西岸の入植地建設政策の決定権を手に入れた。彼は西岸の違法入植地にイスラエルの主権を適用することを主張している。
そして、ノアム党(極右、反LGBTQ)のアヴィ・マオズ党首が首相府付き副大臣に任命され、首相府の「ユダヤ民族アイデンティティ部局」を担当することになった。マオズは同部局を通じて、旧ソ連諸国からイスラエルへの移民希望者に移住許可を与える機関(Nativ)も統括する。1990年代以降に旧ソ連諸国からイスラエルに移民した人々の中には、帰還法が定めるユダヤ人の定義に合わない人々が多いと言われている。マオズはユダヤ人至上主義の立場から、移民許可の決定におけるユダヤ人定義の厳格な適用や帰還法の改正を検討しており、イスラエルの移民受け入れ政策に大きな変化が生じる可能性がある。また、通常教育カリキュラム以外の教育プログラムを管理する権限も与えられ、人権教育などで偏った教育方針が指示される可能性がある。
したがって、ネタニヤフ新政権下で、対パレスチナ関係のさらなる悪化や暴力の激化や、イスラエルの民主主義の後退が懸念される。米国のユダヤ人団体からもネタニヤフ政権の右派的傾向を警戒する声が出ており、ホワイトハウス内では極右政党出身の大臣との関与の方法が議論されている。イスラエルはイラン問題で米国との緊密な連携を必要とする点から、ネタニヤフ首相が極右政党と政権運営を行いながらどのように対米関係を維持するのか注目される。
【参考情報】
<中東かわら版>
・「イスラエル:第25回国会(クネセト)選挙の結果」2022年度No.112(2022年11月4日)
(上席研究員 金谷 美紗)
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