中東かわら版

№129 トルコ:イマムオール・イスタンブル市長に有罪判決

 

 2022年12月14日、イスタンブル裁判所は、主要野党である共和人民党(CHP)所属のエクレム・イマムオール・イスタンブル市長に対し、「国家公務員(高等選挙委員会(YSK)委員)を侮辱した罪」で懲役2年7カ月15日の禁固刑及び同市長の政治活動を禁止する判決を下した。

 同判決を受け、CHPは臨時集会を開催し、イマムオール市長、CHPと同盟を組む、善良党(IYI)のアクシェネル党首、カフタンジュオール・CHPイスタンブル支部長らが参加した。CHPのケマル・クルチダルオール党首は、12月11~14日の日程でドイツのベルリンに滞在中であったため集会には参加しなかった。

 集会で演説したイマムオール市長は、「この判決はトルコに正義が残されていないことの証明である。自分たちが国家で、全てを所有しているという政治家が司法に影響を与え、判決を下している。これが法的な事件、司法制度に基づいた裁判であれば良いが、実際は腐敗した秩序と表現できるような事件である。彼らが下す全ての決定は自分たちの利益のためである」と述べ、公正発展党(AKP)政権及び、司法当局を批判した。

 アクシェネルIYI党首は、エルドアン大統領がイスタンブル市長時代の1998年にイスラームを賛美する内容の詩を朗読したことにより、有罪判決及び政治活動が禁止されたことを挙げ、「かつて、ここで詩を読んで有罪判決を受けた市長がいた。彼は「この歌(筆者注:当局の圧力には屈しないとの意の詩)はここで終わらない」と言った。全く同じことを今私はあなたに約束する。この歌はここでも終わらない」と語り、エルドアン大統領を非難した。

 エルドアン大統領のかつての盟友で、AKPを共に創設したギュル前大統領も、今回の決定は、イマムオール市長だけでなく、トルコ全体にも多大な不公平をもたらす、破毀院(司法訴訟の最高裁)がこの誤りを正してくれると信じている、とのコメントを自身のSNSに投稿した。

 イマムオール市長の弁護団は、判決を不服として控訴することを明らかにし、同市長は、控訴期間中は、職務を継続する意向を示している。破毀院では原審を破棄するかどうかが審理されるが、判決が出るまで数年かかるとの見通しがある一方で、結論を急ぐエルドアン大統領がボズダー法相に指示し、控訴裁判手続きを通常より早め、大統領選挙前に判決を出させる可能性も指摘されている。

 

評価 

 

 イマムオール氏は、2019年の統一地方選挙において、エルドアン大統領の側近で直前まで首相を務めていたユルドゥルム氏に僅差で勝利し、イスタンブル市長に就任した。この勝利によって、イスタンブル市長の座は、1994年に当時福祉党所属だったエルドアンが市長に当選して以来約25年ぶりに野党に明け渡された。しかし、選挙直後にAKPと民族主義者行動党(MHP)がこの選挙結果に異議を唱えたため、YSKは再選挙の実施を決定したが、同決定に反発する市民の反発を招き、イマムオール氏は第1回投票時よりも高い得票率を獲得して勝利している。

 今次事件の発端は、この統一地方選でのイマムオール氏とソイル内相とのやり取りに起因する。イマムオール氏は、2019年10月にストラスブールで開催された欧州理事会での演説で、AKP政権とエルドアン大統領は、自らに有利になるよう国家資源を選挙で使用している、と批判した。同発言を受け、ソイル内相はイマムオール氏を痛烈に非難したが、イマムオール氏がこれに対して「本当のバカはやり直し選挙を実施した者たち(=YSK委員)だ」と述べたことから、YSKは、市長の発言が国家公務員侮辱罪に該当するとして提訴していた。

 イマムオール市長は2023年6月に予定されている大統領選挙において、野党側の有力候補の一人である。主要野党6党は協力体制を構築し、大統領候補を一本化することで合意しているが、現状誰にするかを発表していない。各世論調査では、エルドアン大統領の対抗馬として最も人気があるのがマンスール・ヤヴァシュ・アンカラ市長、次いでイマムオール市長(両氏ともCHP所属)となっている。市民の間では、有力な対抗馬となり得るイマムオール市長の政治活動を封じ込めようとするエルドアン政権側の政治的事件と捉える人も少なくない。

 他方、重大な局面を迎えた最中に、最大野党の党首であるクルチダルオールが国内にいなかったことは大きな問題である。大統領選での野党側の統一候補をクルチダルオール党首とする案は以前から取り沙汰されているが、今回国外に滞在していたことでイメージダウンとなった。逆に人気、知名度を押し上げる形となった、イマムオール市長が大統領選に出馬すれば、エルドアン大統領に勝利する可能性が高いが、破毀院が原審を支持した場合、同氏の政治活動は禁止されるため今後の動向を注視する必要がある。

 トルコでは過去1年で急激に経済が悪化しており、市民生活にも多大な影響を与えている。政権側が打開策を講じられていない状況下、エルドアン大統領の支持率も低下している。今次判決は、出来るだけ早期に有力な対抗馬を排除しておきたいという、政権側の焦りの裏返しなのかもしれないが、結果として、政府に対する信頼や司法の独立性が著しく損なわれたことは間違いないだろう。

  

 

【参考情報】

 *関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 

<中東かわら版>

「トルコ:イスタンブル市長選のやり直しを決定」No.28(2019年5月10日)

「トルコ:イスタンブル市長やりなおし選挙の実施」No.52(2019年6月25)

 

(研究員 金子 真夕)

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