中東かわら版

№124 シリア:トルコ軍がシリア北部を攻撃、その考えられうる影響

 トルコ軍は、11月13日にイスタンブルで発生した爆破事件への報復として、19日からシリア北部でシリア民主軍(SDF)の拠点に対して軍事作戦を開始した。SDFとは、北東部を実効支配するクルド民族主義勢力の自治組織「北東シリア自治局」の軍事部門で、クルド人民防衛隊(YPG)が主体である。

 下図は、トルコ軍が攻撃した地点を示したものである。主な標的は、アレッポ北部のタッル・リフアト、マンビジュ北部のやアイン・アラブ(コバニ)、ラッカ北部のアイン・イーサー、ハサカ市北部のタッル・タムルやダルバーシーヤ、要衝カーミシュリー付近、そして「イスラーム国」戦闘員やその妻・子どもを収容するホール・キャンプである。これにより、SDF兵士多数に加え、シリア政府軍兵士数名も死亡した。また、22日、トルコ軍はハサカ市北部の米軍基地付近も空爆し(死傷者なし)、米国の国防総省がトルコの空爆はシリアをさらに不安定化させる上に米軍要員の安全をも脅かすため、自制を求めるとの声明を出した。ロシア外務省、ラヴレンティエフ・シリア担当大統領特使、アサド政権も、トルコに自制を求めている。

 SDFがトルコ軍の攻撃に応戦する中、23日、SDFのマズルーム・アブディー司令官はトルコ軍の攻撃への対応を理由に米軍主導の対イスラーム国連合軍との協調・調整を停止すると発表した。対イスラーム国連合軍は、シリアのテロリストを撲滅するという理由で北部と南東部に駐留し、北部ではSDFと共に「イスラーム国」掃討作戦を実施している。アバディー司令官は、トルコ軍が地上作戦に踏み切った場合、SDFはホール・キャンプを防御する軍事能力を消失する可能性があるとも述べた

 

 

  (出所)公開情報をもとに筆者作成

 

評価

 米国やロシアがトルコ軍に自制を要求する理由は、トルコ軍とSDFの軍事衝突が継続・拡大することで、アサド政権(と後ろ盾のロシア)、トルコ(と同国から支援を受ける武装勢力)、クルド民族主義勢力(と後ろ盾の米国)が一応の均衡を保ち、軍事衝突を最小限に抑えている現状が崩れ、シリアで戦闘が再び拡大する恐れがあるからである。特に、その過程でテロ活動が活発化することへの懸念があると思われる。

 SDFのアバディー司令官は連合軍との調整の停止を発表したが、それはSDFがハサカ県やダイル・ザウル県で行ってきた「イスラーム国」掃討作戦の停止を意味する。トルコ軍の攻撃への対応に戦力を集中的に回す必要があるため、「イスラーム国」対策に戦力を割けないという事情であろう。SDFは、ハサカ市郊外に位置し、数万人の「イスラーム国」関係者を収容するホール・キャンプを管理しているが、その管理が緩めば同キャンプは「イスラーム国」の格好の攻撃対象となりうる。また、テロ活動活発化の懸念は「イスラーム国」に限らず、イドリブ周辺を実効支配する「シャーム解放機構」が、戦闘の激化に乗じて北西部の支配地域拡大を目指す軍事行動を起こす可能性もある。

 トルコのエルドアン大統領は、国の安全を守るという大義で、SDFの中心勢力であるYPGを殲滅するためシリア北部の攻撃を開始した。トルコ世論も軍事作戦を支持している。しかし、攻撃はシリア全土の不安定化だけでなく、トルコと米国の関係を悪化させる要因にもなりうる。今後、トルコ、アサド政権、米国、ロシアなどが、クルド民族主義勢力の脅威を抑制する案について何らかの合意がなされるかどうか注目される。

【参考情報】

 *関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「トルコ:シリア・イラク北部での空爆実施と地上軍派遣を示唆」2022年度No.122(2022年11月24日)

(上席研究員 金谷 美紗)

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