№122 トルコ:シリア・イラク北部での空爆実施と地上軍派遣を示唆
2022年11月19日、国防省はシリア北部とイラク北部で、クルディスタン労働者党(PKK)、及び、シリアの分派組織クルド人民防衛隊(YPG)に対する軍事作戦「鉤爪・剣空中作戦(Pençe Kılıç Hava Harekâtı)」を開始したと発表した。また、今次作戦が国連憲章第51条に基づく自衛権の行使であるとして、正当性を主張した。
同軍事作戦は、11月13日にイスタンブルのイスティクラル通りで発生した爆破事件で、一般市民6名が死亡、81名が負傷したことへの報復措置である。当局は、事件発生翌日にPKK/YPGによって引き起こされたテロと断定し、実行犯のアフラーム・バシール(シリア国籍)と、事件に関わったとされる46名を逮捕した。エルドアン大統領はこの事件直後に、「テロリズムを根源から破壊する」と表明し、攻撃実施を指示していた。
11月21日、アカル国防相は、ギュレル参謀総長らとともに陸軍司令部を訪問し、部隊の活動、現地の最新状況について幹部と協議した。また、同国防相は、シリア、イラク国境付近で、トルコへの攻撃拠点である、89の標的を軍事作戦の第1フェーズで破壊し、184名を「無力化」したと明らかにした。
政府は、11月20日にシリア国境沿いの南部キリス、ガズィアンテプ両県で、シリア側からの攻撃によって、トルコ軍兵士8名が負傷、子どもを含む2名が死亡したと発表した。また、21日には、カルカムシュ(ガズィアンテプ県)で、シリアからのロケット弾が学校に命中し、教員と子供が死亡した。一連の攻撃は、トルコ軍の空爆に対するPKK/YPGの報復とみられるが、トルコ政府は、断固とした措置を継続する旨表明し、11月22日、エルドアン大統領は、シリア北部への地上軍部隊派遣を示唆した。
評価
空爆を中心とした「鉤爪・剣」作戦は、11月19、20日の2日間で一旦は終了した。だが、PKK/YPGの報復攻撃が相次いだことで、トルコ政府は次なる段階として、シリアへの地上軍派遣を示唆している。トルコのこうした姿勢に、アサド政権の後ろ盾であるロシア、シリアのYPGを支援する米国は、トルコがテロの脅威に晒されているとして自衛権の行使に一定の理解を示した。一方で地上軍派遣に関しては、シリア情勢を一層複雑にするだけでなく、「イスラーム国」との戦いに支障をきたすとし、米軍要員の安全も脅かすとしてトルコ側に自制を求めている。
他方、トルコの国内世論は、軍事作戦に肯定的である他、軍派遣の決定権を持つ議会においても、クルド系政党の人民の民主主義党(HDP)以外に反対する政党はおらず、作戦実施への障壁はない。市民が標的となったテロへの国民の怒りや関心は強く、国威発揚の観点からもエルドアン政権が地上軍派遣に踏み切る可能性は高いと考えられる。
2022年以降、シリアではトルコに対するPKK/YPGからの攻撃が増加し、トルコを苛立たせてきた。この背景には、シリアにおけるロシアの影響力の低下があるとみられる。ロシアは、ウクライナ戦争での兵力を優先させるため、シリア国内の駐留ロシア軍を減らしているとされる。その反面、シリアでのイラン、米国の影響力拡大を望まないロシアは、牽制措置としてトルコとシリアとの関係正常化を促してきた。エルドアン政権にとっても、シリアとの関係改善は、安全保障、難民問題解決に向けた点で有益である。2023年の大統領・議会選挙を前に、シリア難民に関する野党の圧力に直面しているエルドアン大統領にとり、難民問題解決への道筋がつけられるか否かが、大統領の座を維持できるかの分水嶺となっている。エルドアン政権は、アサド政権との和解を公約に掲げ、実現に向けて水面下でシリアと交渉を行っているとみられる。
他方、PKK/YPGからすれば、これまでシリア北東部の自治を実質的に認めてきたアサド政権がトルコとの和解に踏み切れば、シリア北部に獲得した地域(ロジャヴァ)を失うことになりかねない。PKK/YPGが2022年以降、シリア北部でトルコ軍への攻撃を増加させ、今回イスタンブルでテロを断行したのは、自らを取り巻く状況の変化に対する焦りがあったと推測できる。2019年10月にシリアへ軍事進攻した際、トルコは国際社会からの猛烈な非難に晒された。PKK/YPGは、トルコのシリアへの軍事作戦を誘発させることで、再びトルコを国際社会から孤立させようとしたとも考えられる。
地上軍の派遣により、トルコのみならずシリアの一般市民に犠牲が及ぶことも危惧される。軍事作戦実施で更なる暴力の連鎖に陥る可能性もあるが、国内世論の後押しを受けたトルコの「断固とした措置」は継続されるだろう。
【参考情報】
*関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
・「トルコ:イスタンブル繁華街での爆発で多数の死傷者」No.116(2022年11月15日)
(研究員 金子 真夕)
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