中東かわら版

№114 トルコ:ロシアが黒海穀物輸出の無期限停止宣言から方針転換

 

 2022年11月2日、ロシアは、10月30日以降停止していた、ウクライナ産穀物輸出の国際的な枠組みに復帰する方針を明らかにした。

 10月30日、ロシア政府は、黒海経由でのウクライナ産穀物輸出に関する合意(黒海穀物イニシアティブ)の履行を無期限で停止するとの声明を発表した。ロシアは、履行停止の理由として、クリミア半島のロシア海軍基地にある黒海艦隊の艦船が、穀物輸出船からのドローン攻撃を受けた可能性があることを挙げた他、同攻撃への英国の関与を主張した。

 国連のグテーレス事務総長は、ロシアの離脱に「深い憂慮」を表明し、ロシアが攻撃を受けたと主張する30日に穀物回廊を航行する船舶はいなかったと指摘した。

 また、履行停止を受け、ウクライナのゼレンスキー大統領は声明で、ロシアの停止表明は予想通りとの見解を示した。そのうえで、ロシアが9月以降、黒海の穀物回廊を意図的に封鎖してきたと述べ、世界的な飢餓の脅威を貧困国にもたらそうとしていると非難し、国際社会に断固とした措置をとるよう要請した。

 こうした状況下、アカル国防相、チャウシュオール外相らトルコの主要閣僚は、ロシア、ウクライナ両国の関係当局と非公開の交渉を行い、輸出再開に向けた仲介外交を活発化させた。

 11月1日、エルドアン大統領はプーチン大統領との電話会談において、建設的なアプローチによる穀物問題の解決は、交渉へのステップ・バックも促すことになると述べ、合意への復帰を求めた。首脳会談から一夜明け、エルドアン大統領は公正発展党の議員団を前にした演説で、プーチン大統領との会談後、ロシアのショイグ国防相がアカル国防相に架電し、11月2日正午より穀物輸出を再開する旨の通知を受けたことを明らかにした。エルドアン大統領の発言直後にロシアは合意への復帰を明言し、グテーレス事務総長もロシアの決定を歓迎した。

 

評価 

 

 黒海穀物イニシアティブは国連が提示した枠組みで、ロシア、ウクライナにトルコも交えた形で7月22日に合意されたものである。イスタンブルに共同監視機構を設置し、ウクライナ港を往来する穀物船の検査実施が取り決められたことにより、「歴史的合意」とも評された。8月3日から本格的に稼働し、トルコ側の報道によれば10月末までに約930万トンの穀物がウクライナから出荷されている。

 しかし、同枠組みではロシア産穀物輸出に関する合意には至っておらず、ロシアはこれまでにもたびたび不満を表明してきた。今般のロシアによる一方的な履行停止宣言は、戦争の長期化と、経済制裁の影響下にある同国の苛立ちと焦りの裏返しとも考えられる。また、履行停止を盾に、自国産穀物輸出を再開させたいというロシアの本音も見え隠れする。7月22日の合意文書には、その期限を120日と定め、当事者間に異存がなければ更新されるとの附帯条項が設けられている。11月19日に一旦その期限を迎えるが、ロシアは自国の穀物輸出再開を前提条件として合意に復帰した可能性が高く、更新に同意するかどうかは現在のところ不透明である。

 ロシアの無期限停止表明からの「方針転換」は、トルコの仲介外交の成果と言えよう。エルドアン大統領はロシア産穀物輸出再開に向け、11月15~16に開催されるG20サミットの場においても欧米を含む国際社会に対して積極的な働きかけを行うと明言している。合意延長による穀物の安定供給を目指し、トルコは仲介外交を一層強化するものとみられる。

   

【参考情報】

 

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 

<中東かわら版>

「トルコ:黒海からの穀物輸出でロシア・ウクライナが「歴史的」合意」No.56(2022年7月25日)

・「トルコ:ロシア・ウクライナ合意による穀物輸出実施に向けた「共同監視機構」が発足」No.59(2022年7月29日)

・「トルコ:エルドアン大統領がロシアでプーチン大統領と会談」No.68(2022年8月9日)

 

<中東トピックス>【会員限定】

「トルコ:チャウシュオール外相とロシアのラヴロフ外相との二カ国協議実施」T22-01(2022年6月号)

 

 

 

(研究員 金子 真夕)

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