中東かわら版

№110 レバノン:アウン大統領の任期満了と大統領位の空席

 2022年10月30日、アウン大統領の6年の任期が終わった。しかし、国会は次期大統領の選出に失敗したため、レバノンは再び大統領位が空席の時期に入った。過去には、アウン大統領が選出される前の2年5カ月間(2014年5月~2016年10月)、ミシェル・スレイマーン大統領が選出される前の6カ月間(2007年11月~2008年5月)などの時期に大統領が不在となり、当時の首相が大統領権限を代行した。

 レバノンの大統領の任期は6年、再選禁止、慣例としてマロン派キリスト教徒から選出される。現大統領の任期が満了する2カ月前から国会議員による選出投票を開始することができるため、9月末から投票を開始し、これまで3回の投票が行われたが、いずれの回も大統領を選出できなかった。自由愛国運動やヒズブッラーなど国会内の主要会派が特定の大統領候補で合意できず、3回の投票で白票を投じたためである。

 大統領不在によって問題となっていることは、首相職にあるナジーブ・ミーカーティーが正式な首相ではないことである。ミーカーティーは、今年5月の議会選挙後に次期内閣が成立するまでの暫定内閣を率いる暫定首相に任命され、同時に、次期内閣の首班(次期首相)に指名された。正式な内閣が今も成立していないため、ミーカーティーは暫定首相ないし次期首相という位置付けにあり、大統領不在の期間に大統領権限を代行できるのか不明である。

 さらに、アウン大統領は、大統領位を退く直前に、ミーカーティーの内閣は辞職したとみなされるという内容の大統領令に署名し、これをミーカーティー次期首相が「違憲である」と批判した。レバノンは、大統領位の空席に加え、暫定政権しか存在しない、前代未聞の政治危機にある。

 

評価

 3回の投票では、レバノン軍団が推すミシェル・ムウワドという国会議員が36~42票を獲得したが、レバノン軍団と対立関係にある自由愛国運動やヒズブッラーがそれよりも多い白票を投じた。大統領が選出されるためには国会議員全128人のうち3分の2以上の票が必要であることから、対立する会派を横断して票を獲得できる「合意された」候補者がいなければ、大統領を選出できない。自由愛国運動やヒズブッラーは、いまだ確たる候補者で合意できていない。自由愛国運動のジブラーン・バーシール党首やマラダ潮流のスレイマーン・フランジーエ党首が立候補の意思があると報じられるが、正式に立候補しなかった。レバノン軍団は国軍のジョセフ・アウン総司令官を大統領候補に推薦したい意向であるとも報じられている。いずれにせよ、主要会派はアウン大統領の任期満了までに会派横断的な支持を得られる候補者選びに失敗したため、大統領不在という政治危機をもたらした。

 つまり、今回の新たな政治危機も、レバノン特有の合意型政治が必要な政治決定を妨げた結果といえる。大統領候補選びにせよ、議会選挙から5カ月が経過してもまとまらない組閣にせよ、主要会派・宗派がそれぞれの利益を反映させることを絶対条件として交渉するため、全ての利害が一致しなければ決定に至らない。宗派対立を防ぐための合意型政治はあらゆる政治決定の先延ばしという結果をもたらし、レバノン政治経済の危機を長期化させる根本的な原因になっている。今後、ミーカーティー次期首相が大統領権限を含む執行権力を掌握すると思われるが、アウン大統領の出身政党である自由愛国運動やヒズブッラーとの対立、組閣のさらなる遅延が予想される。

(上席研究員 金谷 美紗)

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