中東かわら版

№109 イラン:長期化する抗議デモ

 2022年9月16日のマフサー・アミーニー死亡事件を受けて各地に広がった抗議デモは、開始から40日以上が経過してもなお収束の兆しをみせていない。以下は、断片的であるが、抗議デモに関する最近の主な出来事である。

 10月8日、イラン国営テレビがニュース放送中にハッキングされ、炎に包まれたハーメネイー最高指導者に銃の照準が当たった画像とともに、アミーニーと抗議デモで亡くなったその他の女性3名の写真が数秒間にわたって放送された。また、10日、南西部ブーシェフル州の石油化学工場労働者ら1000名規模が、反体制の抗議活動を引き起こした。抗議デモ隊らは、「独裁者に死を!」と叫ぶなどした。18日には、韓国で開かれた国際スポーツクライミング連盟アジア選手権大会で、ヒジャーブ(頭髪と肌を覆うヴェール)を被らずに出場するパフォーマンスをしたエルナーズ・レカビー選手が、帰国後に失踪した疑惑が浮上した。レカビーはSNSに、ヒジャーブを被らなかったのは意図的ではなかったとのメッセージを掲載した。

 時間の経過を経て、イラン内外では依然として大規模な集会が行われている。22日、ドイツの首都ベルリンで、イランにおける抗議デモへの連帯を示す集会が開かれ、約8万名が参加した。同集会では、一部のデモ隊がパフラヴィー王朝期(1925~1979年)の国旗を掲げる姿も見られた。アミーニーの死後40日目に当たった26日には、地元の北部コルデスターン州都サッケズで1万名規模の追悼行事が行われ、大群衆が行進する様子がSNS等で伝えられた。この際、参加者らと治安機関との衝突も報じられた。翌27日には、北部の西アゼルバイジャン州マハーバードで抗議活動が激化し、デモ隊が市庁舎を放火する様子がSNS等で報じられた。

 犠牲者数に関する正確な数字は不明だが、これまでに今次抗議デモに関連して、200名以上が死亡し、1万名以上が拘束されたとの報道がみられる。

 

評価

 今次デモの特徴としては、女性が中心となって行われていることや若者世代が前面に立っていることがあり、近年のイランにおける女性や若者の価値観の変化を如実に示している。最近では、ヒジャーブを肩にかけるだけの装いの若い女性が首都テヘランで散見されるなど、以前のイランでは想像できなかった社会状況が生まれている(本年8月下旬、筆者によるテヘランでの観察に基づく)。これに伴って、「指導巡視隊」が取締りを強化し、若者との間で小競り合いが増えている傾向がみられていた。このような文脈の中、アミーニーが不当な取り扱いを受けて死亡したとの一報が広まったことで、抗議デモが拡大した。

 今次の抗議デモがこれほど長期化している背景には、イラン国民の間で蓄積してきた不満が爆発したことがある。もとより、政教一致のイラン現体制のヒジャーブ強制着用の方針に対し、とりわけ欧米社会の情報に触れ徐々に世俗化する若者らは反発していた。また、2019年11月のガソリン値上げを受けた抗議デモに対する治安機関の暴力的な弾圧では、多数の死者が生じた(死者数百名から千五百名といわれる)。こうした事態は、民衆の体制に対する不満を募らせていた。加えて、2021年6月の大統領選挙において、ライーシー候補(当時)以外の有力候補が軒並み事前に失格とされたことで、国民が享受していたわずかばかりの自由意志を表明する空間までもが奪われた。米国による厳しい経済制裁に起因するイラン財政の逼迫は、中産階級を困窮化、貧困層と一体化させており、特権階級層と貧困層との格差を広げている。このような複合的な諸要因が、今次デモの発生につながっている。今次デモでは、「女性、人生、自由!」とのスローガンが頻繁に用いられており、ここに「女性」と「自由」が入っていることは今次デモの特徴を物語っている。

 こうした状況下、体制側は、平和的な抗議活動と「暴徒」による暴動行為を分けて、後者に対しては、欧米、イスラエル、サウジ等による干渉を糾弾し、徹底的に弾圧する姿勢を掲げている。軍部や情報省もこれと同様の立場を示していることから、治安部隊による弾圧は続き、これにデモ隊が必死に抵抗することで、抗議デモは長期化することになると考えられる。イラン現体制は、宗教界、及び、治安機関によって支えられており、体制指導者がヒジャーブ強制着用やアミーニー死亡の事由の公表などにおいて「弱腰」の姿勢を示すと、内部から突き上げをくらう構造が存在する。したがって、今後、体制側が柔軟な姿勢を示す可能性は低いといわざるをえない。また、反体制勢力側に、統一した指導者が不在であり、デモ隊側の要求事項も明確ではないため、対話による解決が困難であるという問題もある。なお、アスリートや有名人が取締りの標的とされる背景には、こうした対話相手不在という事情も関係しているだろう。

 今次デモは、女性のヒジャーブ強制着用という服装の問題に留まらず、国民の権利獲得と体制転換に向けた闘争という側面を帯びはじめている。その中心には、イラン国民の怒りが存在する。その上で、欧米各国が反体制勢力に連帯を表明し、結果的に体制側を苛立たせている状況だ。旧王党派や反体制勢力モジャヘディーネ・ハルグも、この機に乗じて抗議デモを扇動している模様だ。イスラームに基づく国の安定と独立を掲げる体制側は、こうした外部からの干渉に対する批判を強めるとみられる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:ヒジャーブ着用取締りによる女性の死亡をめぐり各地で抗議デモが発生」2022年度No.88(2022年9月21日)

・「イラン:ヒジャーブ着用取締りによる女性の死亡をめぐり各地で抗議デモが発生#2」2022年度No.90(2022年9月28日)

・「イラン:ハーメネイー最高指導者が抗議デモについて初めて言及」2022年度No.95(2022年10月4日)

(研究員 青木 健太)

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