中東かわら版

№108 イラン:シーラーズのシャー・チェラーグ廟での襲撃事件

 2022年10月26日夕刻、南西部ファールス州都シーラーズのシャー・チェラーグ廟に対する襲撃事件が発生した。現地報道では、この事件で死者15名(子ども2名を含む)、負傷者23名が生じたと伝えられた。イラン国営『IRNA通信』によると、26日17時45分頃、武装勢力(注:各種報道では1~3名とバラつきをもって伝えられる)が、シャー・チェラーグ廟に侵入し、礼拝している人々に対して銃を無差別に発砲した。ファールス州では、今次事件を受けて、3日間喪に服すことが決定された。同日、ライーシー大統領は、「イランの敵が復讐心に駆られ、イラン国民の団結した戦列とイランの発展を暴力とテロで分裂させようとしている」と糾弾し、決定的な対応を講じる決意を示した。

 今次事件に関して、「イスラーム国」(IS)が声明を発出し、特攻部隊員がシャー・チェラーグ廟を襲撃し、同廟内の多神教徒ラーフィダ(注:シーア派の蔑称)を殺傷したと主張した(詳しくは『イスラーム過激派モニター』M22-13を参照)。

 

評価

 今回事件が発生したシャー・チェラーグ廟は、第7代イマームの息子であり、第8代イマームの兄弟、アフマドとムハンマドを祭る霊廟であり、多くのシーア派教徒が参詣する聖地である。この霊廟で起こった、無辜の市民に対する無差別テロということで、ライーシー大統領の発言に見られる通り、イラン国内では怒りの声が広がっている。事件発生当初より、イラン国内メディアでは犯人を「タクフィール主義者」(注:ある人間・集団を不信仰者と宣告する勢力)と呼び、イランの国教であるシーア派教徒を標的とした敵意に満ち溢れた犯行と断定していた。ISが犯行を認めたことで、イランとしてはISに対するテロ対策を強化するとともに、イランがISを背後から支援していると見做す諸外国勢力への批判を強めるものと考えられる。

 これまでのイランにおけるISによる主だった犯行としては、2017年6月7日の国会議事堂とホメイニー廟に対する襲撃事件(『中東かわら版』2017年度No.50参照)、及び、2018年9月22日に発生した南西部フーゼスターン州都アフワーズの軍事パレードに対する襲撃事件(『中東かわら版』2018年度No.61参照)がある。今次事件は、ISによる罪のない民間人に対する無差別殺傷事件という点で、新しい傾向がみてとれる。憶測の範囲を出ないが、「何故、ISが今犯行に及んだのか」については、イラン国内でマフサー・アミーニー死亡事件(2022年9月16日)を受けて抗議活動が全国的な広がりを見せる混乱状況のなか、この機に乗じて存在感を誇示したかった可能性が指摘できる。また、事件が起こった10月26日は、アミーニーの死から40日目に当たり、シーア派教徒にとっては追悼の日と位置付けられ、実際、出身地コルデスターン州では1万名規模の大集会が開かれていた。事件発生時刻が、日没後の集団礼拝の時間帯と重なってもいることから、ISがこれらを勘案して犯行に及んだ可能性はあろう。

 今般、イランの「外」に敵が現れたことで、体制側が国民の不満をそらす目的で利用する可能性もある。実際、イラン治安機関幹部らは、昨今の暴動は諸外国によって扇動されたものであり、犯人はこの機会を悪用して侵入してきたとの見解を示している。今後、「テロ対策」が、抗議デモへの弾圧の口実に利用されることを視野に入れる必要がある。他方、国民の立場にしてみると、テロリストの武器確保や市中への侵入の阻止すら覚束ない治安機関を無能と批判する格好の機会ともなり得る。こうした状況から、今次事件の背景の分析に加えて、イラン社会に与える広範な影響にも注目を要する。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イスラーム過激派:テヘランでの襲撃事件」2017年度No.50(2017年6月8日)

・「イラン:アフワーズの軍事パレードに対するテロ事件」2018年度No.61(2018年9月28日)

 

<イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・「「イスラーム国」イランがシーラーズでの攻撃を主張」M22-13(2022年10月27日)

(研究員 青木 健太)

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