中東かわら版

№107 パレスチナ:西岸地区で増加する暴力、新たな武装組織の活動

 9月頃から、西岸地区のナブルスやジェニンを中心に、イスラエル軍とパレスチナ人の衝突や武装勢力との銃撃戦が多発し、死者が増加している。パレスチナ自治政府保健省が10月23日に発表したデータによると、2022年1月からイスラエル軍との衝突で死亡した人数は、西岸地区で126人、ガザ地区で51人である。西岸地区の内訳は、ジェニン44人、ナブルス21人、ラーマッラー14人、エルサレム12人などである。今年8月にイスラエル軍とガザ地区のパレスチナ・ジハード運動(PIJ)の軍事衝突があったにもかかわらず、西岸での死者が多い事実は、最近いかに西岸でイスラエル軍とパレスチナ人の衝突が激化したかを示唆する。

 注目される点は、ナブルスで新たな武装組織「獅子の巣窟」が結成され、これがイスラエル軍を攻撃したり、またイスラエル軍が同組織に対して掃討作戦を実施したりして、死傷者が増えていることである。「獅子の巣窟」はナブルス旧市街を拠点とし、若者数十人から構成されるという。カッサーム旅団、クッズ旅団、アル=アクサー殉教者旅団など既存の武装諸派との関係は不明だが、これらから独立した集団のようにも見受けられる。現時点でイスラエル軍は治安作戦のためナブルス市を2週間以上封鎖している。10月に入り、「獅子の巣窟」に関連して報道された事件は以下の通り。

  • 11日、「獅子の巣窟」はテレグラム上で声明を出し、ナブルス市各地でイスラエル軍に対する攻撃を実行したと発表。占領者イスラエルによるアル=アクサー・モスク襲撃に対する報復として、「怒りの日々」作戦の開始を宣言し、占領地の人々と諸組織に作戦への参加を呼びかけた。
  • 23日未明、「獅子の巣窟」は、ナブルス旧市街で、幹部メンバーのターミル・キーラーニーがバイクに仕掛けられた爆弾の爆発によって死亡したと発表。同組織はイスラエルが爆弾を仕掛けたと主張し、イスラエルへの報復を宣言した。ハマース、PIJ、パレスチナ解放民主戦線(DFLP)などは、イスラエルによるキーラーニー暗殺を非難し、報復を誓う声明を出した。
  • 24日夜、イスラエル軍はナブルス旧市街で4時間に渡る掃討作戦を実施し、パレスチナ人4名が死亡、21名が負傷。死亡したワディーウ・ホウフは「獅子の巣窟」創設者で幹部、ハムディー・カイイムは乗っていた車が爆発して死亡した。

 

評価

 西岸地区で暴力が増加している直接的要因は、8月のイスラエル軍とPIJの軍事衝突の前後から、イスラエル軍がジェニンの難民キャンプやナブルスでハマースやPIJの細胞の掃討作戦を実施してきたからである。この過程で、パレスチナ人とイスラエル軍との衝突や銃撃戦が行われ、死者が増加した。

 しかし、構造的な要因は、イスラエルによる占領の継続という要素を除くと、パレスチナ自治政府の統治能力の弱さにある。人々は、ファタハ主導のパレスチナ自治政府における腐敗や、和平交渉の失敗と占領の長期化をもたらした自治政府に幻滅している。人々の自治政府に対する不満は自治政府に向かうのでなく、「占領者イスラエル」に向かい、民衆とイスラエル軍・警察との衝突が日常化した。一方、自治政府はこうした暴力はイスラエルに対する「抵抗運動」である以上止めることは難しく、暴力は続くという図式である。

 懸念される点は、上記の23日や24日の事件に見られたように、「獅子の巣窟」メンバーに対する非人道的な行為が確認されたことである。イスラエルはこれらへの関与を否定も肯定もしていない。しかし、パレスチナ諸派はイスラエルの暗殺作戦と断定しており、今後、西岸でパレスチナ武装勢力とイスラエル軍との衝突がさらに増加する恐れがある。

(上席研究員 金谷 美紗)

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