中東かわら版

№102 イラク:新大統領の選出及び首相指名の余波

 2022年10月13日、議会はアブドゥルラティーフ・ラシード氏(1944年生、クルディスタン愛国同盟、元水資源相、元大統領顧問)を新大統領に選出した。選出方法はサーリフ大統領との決選投票である(ラシード氏162票、サーリフ氏99票)。これを経てラシード氏は、ムハンマド・シヤーウ・スーダーニー氏(1970年生)を首相に指名した。2021年10月の選挙以降、議長選出以外は止まっていた政治プロセスがようやく動き出した形となる。

 一方、この首相指名に対して、サドル派のムクタダー・サドル指導者は15日、同派が新政府に加わることを拒否する旨を発表した。同派は昨年の選挙で最大議席を獲得したが、6月に一斉辞職した。そして翌7月、対立する政治会派「調整枠組み」がスーダーニー氏を首相候補に擁立すると、これへの抗議としてグリーンゾーン内で座り込み等を行い、さらにサドル指導者は8月に政界引退を発表した。この間、周囲からはサドル派の議会への復帰を期待する声も上がったが、同派は議会解散と再選挙の実施が政治プロセスの膠着を打開する唯一の方法であると主張してきた。

 

評価

 マーリキー政権以来、彼及び彼に近しい団体・人物を腐敗の象徴として非難してきたサドル派は、今回もそれに該当する調整枠組み及びスーダーニー氏を、腐敗なき政治の実現を妨げる要素として明確に拒んだ。既に制度上の政治権力は自ら放棄した同派だが、7月以降のグリーンゾーンでの抗議行動を通して、その動員力や注目度を国内外に見せつけきた。今回も、そうした「影」の最大会派としての影響力を顕示する狙いが多少なりともあったと思われる。

 一方、議会の大統領選出は出席者数3分の2以上を満たしている点で成立しており、これを経た首相指名も制度的観点から否定されうるものではない。この点、サドル派の行動は、膠着している政治プロセスを進展させようとするものから、進展し始めた政治プロセスを止めようとするものに変わったことになる。これによって、同派は政界に対する影響力を示すかもしれないが、同時に国民が不満を募らせる可能性もある。こうした状況を踏まえ、サドル派の次の一手が気になるところだが、ひとまずはスーダーニー氏が組閣に向けて準備を始めたとされる中で、新政府の形成による政治プロセスのさらなる進展が待たれよう。

 

【参考】

「イラク:サドル派支持者によるグリーンゾーン内でのデモと議会占拠」『中東かわら版』No.63。

「ムクタダー・サドル師の政界引退表明とその余波」『中東かわら版』No.77。

(研究員 高尾 賢一郎)

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