中東かわら版

№100 イスラエル・レバノン:海洋境界線について暫定合意

 2022年10月11日、イスラエルとレバノンは、両国の海洋境界(排他的経済水域(EEZ)の境界線)紛争を仲介する米国のホックステイン特使から最終合意案を受け取り、同案が自国の要求を満たす内容であるとしてこれに合意した。

 イスラエルとレバノンの海洋境界線は、最近10年間に東地中海でガス田が相次いで発見されたことによって両国の重要な外交課題となり、海洋境界線を決めるための間接交渉が米国の仲介で断続的に行われてきた。トランプ政権期の2020年10月に間接交渉が再開されたが、すぐに頓挫した。2021年10月、バイデン政権が仲介役に任命したホックステイン特使による間接交渉が始まり、両国の係争海域に存在するガス田の所有をめぐり双方とも譲歩しない姿勢が目立ったが、この数週間で最終合意案の修正が進み、合意に至った模様である。ただし合意は暫定で、今後、閣議承認や議会での承認手続きが必要である。これらが完了した後に、合意文書への署名が行われる。

 イスラエル側交渉担当者のフラタ国家安全保障会議顧問、レバノン側交渉担当者のブー・サアブ国会副議長ともに、最終合意案には双方の要求や修正が反映され、安全保障上の利益や天然資源の権利が保障される内容であるとし、両国が「歴史的な合意」に向かっていると述べた。イスラエルのラピード首相、レバノンのアウン大統領もそれぞれ、最終合意案に満足する旨をツイートし、これを受けてバイデン大統領は両国が「歴史的な打開」に至ったと述べた。

 最終合意案は公開されていないが、AFPなどによると、両国は以下の内容で合意したとみられる。報道によると、署名は10月下旬の見通しである。

【最終合意案の推定内容】

  • ロシュ・ハニクラ(イスラエル北部のレバノン国境沿いの町)から5キロ沖までのラインを採用する(図の黄色ライン)。
  • ロシュ・ハニクラ5キロ沖地点を起点とする「Line 23」を採用する(図の赤色ライン)。
  • カナ(Qana)・ガス田の一部はイスラエルEEZ内にも存在するが、イスラエルは同ガス田からの収益を得る権利を放棄する。

 (AFPをもとに筆者作成)

 

評価

 イスラエルとレバノンは現在も戦争状態にあり、陸の国境線も未確定であることを踏まえると、海洋境界線で合意できたことは間違いなく歴史的である。何度も合意に失敗したこれまでの経緯とは対照的に、数週間で合意に達した背景には、イスラエルが数週間後に総選挙(11月1日)を控え、レバノンはアウン大統領の任期終了と新大統領選出の国会議員投票を控えているという内政上の理由があると思われる。特に経済状況が壊滅的なレバノンにとっては、今次合意によってガス開発の権利を正式に獲得した意味は大きい。なお、イスラエルのネタニヤフ元首相は、総選挙までの暫定政権であるラピード内閣が国際合意を結ぶ権限はないと主張しており、国会審議で最大野党リクードが合意案に反対する可能性もある。

 他方、海洋境界交渉に関連して、ヒズブッラーはたびたびイスラエルへの軍事攻撃を示唆してきた。同組織は係争海域にあるカリシュ・ガス田の開発権はレバノンにあると主張し、海洋境界線として「Line 23」より南方の「Line 29」を支持したからである。しかし、イスラエル・レバノン両政府は「Line 23」で合意し、ヒズブッラーのナスルッラー書記長は一転して「政府がレバノン側の要求が満たされたと言った合意に、我々は何ら問題はない」と述べた。カナ・ガス田の開発権をレバノンが確保したためとも考えられるが、カリシュ・ガス田をめぐるイスラエルとヒズブッラーの緊張はひとまず収束に向かうと思われる。

【参考情報】

<中東かわら版>

・「イスラエル・レバノン:カリシュ・ガス田をめぐる対立」No.29(2022年6月6日)

(上席研究員 金谷 美紗)

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