中東かわら版

№95 イラン:ハーメネイー最高指導者が抗議デモについて初めて言及

 2022年9月16日のマフサー・アミーニー死亡事件を受けて各地に広がった抗議デモ(『中東かわら版』No.88、及び、No.90を参照)は、治安当局の取締り・弾圧により、全体的に大規模衝突は減少傾向にある。しかし、現地から伝えられる報道を見る限り、収束と呼ぶには程遠い状況である。一例として、南東部シースターン・バローチスターン州ザーヘダーンで、治安部隊とデモ隊の衝突(9月30日)によって20名以上が死亡し、モウサヴィー革命防衛隊州情報局長が殉職する事件が発生した。イラン体制側は、これを反体制勢力の計画的な襲撃と見て、徹底的に対応する姿勢を示している。その他にも、大学生による構内での平和的なデモ、市中での夜間における少人数集団による反体制スローガンの唱和、大学生や商店主によるストライキ等々が依然各地で見られるなど、抗議活動は微妙に形を変えつつ継続している。

 こうした中、10月3日、ハーメネイー最高指導者が軍士官候補生の合同訓練終了式に出席した際、今次の抗議デモに初めて演説で言及した。同最高指導者は、「今回の出来事で、若い女性(注:マフサー・アミーニーを指すと思われる)が亡くなり、我々の心もまた痛んだ。しかし、それに対する、事実に基づかず、またイスラーム教徒としての命令に基づかない反応が見られた。街路は危険に晒され、クルアーンが焼かれ、ヒジャーブを身に着けた女性からヒジャーブが剥ぎ取られ、モスクやホセイン殉教儀礼を行う場所、一般の自動車に火がつけられた。これは、自然に発生したものではなかった」と述べた。その上で、「明快に言おう、この出来事は米国、シオニスト体制(注:イスラエルを指す)とそれらの支持者によって計画されたものである。それら勢力にとっての根本的な問題は、強力で、独立し、発展したイランの存在である。イラン国民は、この出来事に完全に強力に対応しており、今後もどこでも必要であれば、勇敢に戦場に向かう」といった発言がなされた。

 

評価

 健康不安説が囁かれたハーメネイー指導者は、その後公衆の面前に現れて健在な様子を示していたが、今次の抗議デモに対する反応を示してこなかった。今回、同最高指導者は、抗議デモが外国の扇動によるものと断定して非難するとともに、公共財産の破壊や治安部隊に危害を加えるデモ隊を糾弾した。その一方で、「女性、人生、自由!」のスローガンを叫びながら、女性の権利やイラン現体制のあり方そのものに対して向けられた国民の不満には寄り添う姿勢を示さなかった。同様の姿勢は、三権の長、革命防衛隊、軍、情報省からも示されている。体制側としては、外側に敵を作り出すことで、国民の不満のはけ口をそちらに向けさせる策略を取ったといえる。こうした現状を踏まえれば、今後、体制側は手を緩めることなく、抗議活動の鎮圧に向けた対応を講じると見られる。

 他方、抗議デモは、鎮火したというよりも、国内外でじわじわと広がりを見せており、今次のハーメネイー最高指導者発言が火に油を注ぐ結果になる可能性もある。同最高指導者の発言と異なり、実際、イラン国民の不満という種火は燃え続けていることから、一連の抗議活動は国民による自発的な抗議の意思表明のように見受けられる。もっとも、そうした活動に旧王党派、反体制勢力モジャーヘディーネ・ハルグ、欧米各国の政府・メディアなどが日和見主義的に加わり、騒動を煽るような状況を作り出している。こうした混沌とした現状に鑑みれば、本事案は隠然とした形で長期化する可能性があり、今後の趨勢を楽観視することはできない。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:ヒジャーブ着用取締りによる女性の死亡をめぐり各地で抗議デモが発生」2022年度No.88(2022年9月21日)

・「イラン:ヒジャーブ着用取締りによる女性の死亡をめぐり各地で抗議デモが発生#2」2022年度No.90(2022年9月28日)

(研究員 青木 健太)

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