中東かわら版

№90 イラン:ヒジャーブ着用取締りによる女性の死亡をめぐり各地で抗議デモが発生#2

 2022年9月16日のマフサー・アミーニー死亡事件を受けて巻き起こった抗議デモ(経緯は『中東かわら版』No.88を参照)は、イラン全国各地に瞬く間に広がり、少なくとも26日まで行われたことが確認できる。以下は、断片的なるも、今次の抗議デモの状況を簡略に取り纏めたものである。

 

今次の抗議デモによる被害の状況(2022年9月26日時点)

 北西部のクルド人多数地域や都市部を中心として始まった今次の抗議デモは、全国に広がるとともに活動内容的にも激化する様相を呈しており、デモに参加する女性らはヒジャーブ(頭髪を覆うヴェール)を燃やすなどして、イラン体制(ハーメネイー最高指導者及び革命防衛隊に代表される治安機構と宗教界を含めた中央権力)による女性の権利抑圧に対して抗議の意思を示している。また、デモ参加者らは、アミーニーを暴行したとする警察への抗議の意を示すため、警察署や警察車両の破壊、警察官への殴打等を行っている他、反体制的なスローガンを叫びつつ、ハーメネイー最高指導者の肖像を燃やすなどの行動に及んでいる模様である。

 これに対し、イラン治安当局は、催涙ガスや放水砲のみならず、実弾も用いてデモの鎮静化に当たっている。ノルウェーに拠点を置くイランの人権状況を監視する団体「イラン・ヒューマン・ライツ」(IHR)は26日、少なくとも76名のデモ参加者らが治安当局からの発砲などにより死亡したと報告した。なお、イラン当局は、抗議デモに伴う死者数を41名と報告している。報告にバラつきがあるが、いずれにせよ多数の死者が出ていることは確かである。

 下記は、IHR報告に基づく、抗議デモによる死者が確認された州と人数を示した地図である。

 


地図 抗議デモ参加者の死亡事案が発生した州の位置関係と人数

 (出所)2022年9月26日付IHR報告を元に筆者作成。

 

 また、23日頃からは、今次の抗議デモに対して抗議する大規模な体制支持デモが各地で行われた。これらのデモでは、頭髪と肌を黒いヒジャーブで完全に覆った女性らが、イラン国旗やホメイニー初代最高指導者の肖像を掲げながら行進する様子が見られる。

 

イラン体制側が示す立場

 体制側は、治安を脅かす者を「暴徒」と呼び、断固たる対応を講じる立場を示している。革命防衛隊は22日、外見はイラン国民に寄り添っているふりをしている人々は、実際のところはイランに制裁を科し、科学者を殺害し、ひいては軍事攻撃をイランに仕掛ける者と同じであり、疑問の余地なく、今回の事件を受けて喜んでいるのだとの声明を発出した。外国から扇動する勢力の存在を仄めかすとともに、デモ参加者を非難する立場を見せている。

 国軍は23日、公共財産の破壊、国民の治安の混乱、治安機関への攻撃を強く非難するとともに、敵による陰謀に対処する用意があると発表した。情報省も23日、違法な集会に参加する者は法的に起訴される、とデモ参加者に警告を発した

 また、ライーシー大統領は24日、抗議デモの鎮圧に当たる中で殉職したバシージ(革命防衛隊の国民動員組織)隊員の遺族と電話で話し、抗議活動と治安を乱す行動とを区別する必要性を説き、同隊員を死に至らしめた者を暴徒であり邪悪と呼びつつ、治安を保つために「決定的な対応」を講じると述べた

 キャナアーニー外務報道官は26日、欧米の政治指導者、西側のメディア、及び、西側諸国によって支援されるペルシャ語メディアが、アミーニーの死亡事件を利用して、イラン国民の権利を支援するとの名目の下で、暴徒を扇動していると批判した。

 

イラク北部クルディスタン自治区への越境攻撃

 こうした国内の動きに平行して、革命防衛隊は24日と26日の2回、イラク北部クルディスタン自治区にある反イランの「テロリスト」に対して越境攻撃したと発表した。26日の攻撃では、通常の砲弾に加えて、精密照準攻撃を行うことができるドローンも運用された。革命防衛隊の発表によれば、クルディスタン自治区に潜伏する武装勢力が反乱を扇動しており、今次の攻撃によって訓練施設や活動拠点に被害が生じた。

 

評価

 デモ参加者らは、女性の権利と自由を求め、暴力的な弾圧をも恐れず懸命の抗議活動を行っている。目撃者の証言によれば、アミーニーは拘束した警察官に頭部を殴打された可能性が高い。しかし、警察側は全面的にこれを否定しているため、抗議する側の不満が収まっていない状況である。一方で、現体制を維持することが至上命題である治安機関側の立場からすると、デモ参加者らが行う公共財産の破壊や、警察官への暴行、反体制的な言動は受け入れ難い反乱行動である。このため、体制側は、「官製デモ」の発動、インターネットへのアクセス制限、武力行使をも含めた鎮圧活動などのあらゆる手段を用いてデモの取締りに当たっている。双方の圧倒的な軍事力の差を背景に、体制側が抗議活動を抑え込み、収束の方向に向かうと考えるのが自然である。但し、デモ参加者らの不満は早々に収まらないと見られるため、今後もしばらく小競り合いが続く可能性はある。

 今回、デモが激しかった地域は、上図の通りクルド人多数地域に多かった。この理由は、アミーニーがクルド民族であり、クルド民族が日頃から不遇の境地に置かれて不満を蓄積させていたことに加えて、同じ民族的出自のアミーニーが不当な取り締まりによって死亡したことで、正義と公正を求める声が高まったためと見られる。なお、抗議デモは民族的出自や性別にかかわらず広範な広がりを見せており、大衆の間では連帯感が広がっている。

 イランでは、2019年11月中旬のガソリン値上げを受けた抗議デモが暴力的に弾圧されたこと、2020年1月のウクライナ機誤射事件で革命防衛隊が隠蔽を図ったこと、並びに、2021年6月の大統領選挙において有力候補者が資格審査で軒並み失格にされ、投票の自由度が制限されたことなどを受けて、国民の体制に対する不満が高まってきた。そうした最中で発生した今回の抗議デモは、体制の安定性、及び、核合意再建に向けた交渉を含む対外関係など、多方面で政治的影響を後に残すだろう。

 こうした状況下、革命防衛隊が、イラク北部クルディスタン自治区に対し、2度にわたって越境攻撃を仕掛けたことは注目に値する。体制は、自治や分離独立運動に近い動きに発展することを警戒していると見られるが、表立って国内のクルド人に対して弾圧を図るわけにはいかない。一方、イランはかねてより、イラク北部クルディスタン自治区に反体制勢力が潜伏すると見做し、軍事行動を行ってきた経緯がある。このような状況を踏まえて、革命防衛隊は国内のクルド人への牽制も念頭に、今回イラクへの越境攻撃に踏み切ったのだろう。このように国家安全保障に直結する問題をも含むため、体制側が「暴徒」の鎮圧に当たって手を緩めると考える材料には乏しい。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:ヒジャーブ着用取締りによる女性の死亡をめぐり各地で抗議デモが発生」2022年度No.88(2022年9月21日)

(研究員 青木 健太)

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