中東かわら版

№89 カタル:ユースフ・カラダーウィー氏の死去

 2022年9月26日、エジプト出身でカタル在住の、存命するスンナ派イスラーム学者としては最も著名な人物の一人であるユースフ・カラダーウィー氏の死亡が発表された(享年96歳)。

 氏はカイロのアズハル大学で学んだ後、1960年代にカタルに移住して市民権を取得した。カタルではカタル大学イスラーム法学部長を務めた他、衛星放送局アルジャジーラの番組「イスラーム法と生活」にレギュラー出演し、視聴者からの質問に答える形でイスラームについて解説した。自身のウェブサイトを持ち、女性の権利問題はじめ、現代的なテーマを積極的に取り上げたイスラーム学者として、カタル国内では「穏健派」との評価がしばしば見られた。

 一方で氏は、2000年代前半の第二次インティファーダに際してパレスチナ人による自爆攻撃を称賛し、2003年の米国によるイラク統治開始後は米軍を標的とした武装活動を支持する等、「扇動的」な主張をすることでも知られてきた。ハマースやターリバーンといった武装組織とのコネクションともあわせて、欧米諸国からは危険人物と扱われてきた。

 加えて、氏はムスリム同胞団のイデオローグとしても知られ、とりわけ同胞団を反体制的な過激派と位置づける一部アラブ諸国で危険視されてきた。比較的最近では、2013年にエジプトで同胞団出身のムルシー政権がクーデタで倒れた際、その首謀者であるシーシー現大統領を強く批判したことが記憶に新しい。これによってエジプトでは、本人欠席のまま氏に死刑判決が下され、またその後のエジプト及びエジプトを支持するサウジ・UAEとカタルとの関係悪化の遠因ともなった。

 

評価

 穏健・過激と毀誉褒貶相半ばするカラダーウィー氏だが、イスラームについての見識に対する評価は高く、『ハラールとハラーム』『ザカートの法学』をはじめとする数多の著作を通じた世界的な影響力に鑑みても、「最後の大物」とでも呼ぶに値するイスラーム学者だった。とりわけ氏が傑出していたのは、アズハル出身という知識人としての顔、同胞団出身という活動家としての顔を併せ持った上で、過激主義と世俗主義の中間という立ち位置をアピールしたことである。これを通して氏は、ノンポリな宗教権威という、今日の中東諸国ないしイスラーム諸国のイスラーム学者にとっては理想的と言える立場(体制から危険視されず、政治・社会的立場を保障された上で、市民からはイスラームに通暁した碩学として尊敬される宗教権威)を確立した。これは、氏を自国の宗教的なアイコンとして売り出してきたカタル政府にとっても望ましい状況であったと考えられる。

 もっとも2013年以降、エジプト・サウジ・UAEによる同胞団包囲網の構築が中東の地域外交におけるトレンドの一つとなってからは、氏の存在がカタルと周辺諸国との関係悪化に紐づけられてきた。これによって、カタル政府が氏を手余し者扱いをするようになったわけではないが、くしくも今月半ば、エジプトのシーシー大統領によるカタル訪問にあわせ、カタルのタミーム首長は、「カタル国内で活動している同胞団メンバーはいない」と、フランスの雑誌へのインタビューで明言している。エジプトをはじめ、カタルにおける同胞団の存在を警戒する国々への歩み寄りともとれる発言だ。これと氏の死亡との間に因果関係はないだろうが、いずれにせよカタルとしては、2021年以降、周辺諸国との関係改善を進める中で同胞団支援を控え始めた折、カラダーウィーというアイコンも失ったことで、自国の宗教文化を再構成する段階に突入している。

 

(研究員 高尾 賢一郎)

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