中東かわら版

№88 イラン:ヒジャーブ着用取締りによる女性の死亡をめぐり各地で抗議デモが発生

 2022年9月16日、22歳の女性マフサー・アミーニーが警察による暴行で死亡したとされる事件を受けて、イラン各地で抗議デモが発生した。複数の死者が生じているとの報道もある。アミーニーは、北部コルデスターン州サッケズ出身のクルド人女性で、13日に彼女の兄弟1名とテヘラン市内を移動中、警察官からヒジャーブ(頭髪を覆うヴェール)の着用が正しく行われていないと呼び止められ、その後厳しい取締りを受けた。『エテマード』(改革派系)によれば、アミーニーは拘束中に頭部への強い衝撃を受け、病院に搬送されたものの容体は回復せず16日に死亡した。なお、テヘラン警察は19日、警察の対応に不備はなく、アミーニーは心不全により死亡したと公表した。

 同事件を受けて、コルデスターン州都サナンダジュをはじめ、テヘラン、キャラジ、シーラーズ、マシュハド、エスファハーン、キーシュ等の各地で抗議デモが発生した(下表参照)。デモ隊は、官憲によるアミーニーに対する不当な処遇を糾弾した他、「独裁者に死を」「我々は戦う、我々は死ぬ、イランを取り戻す」と叫ぶ等、抗議活動は反体制的な性格を帯びている。SNS上では、デモ隊が警察車両を破壊したり、ひっくり返したりする映像が見られる他、女性がヒジャーブ強制着用への抗議の証としてヒジャーブを取り払ったり髪を切ったりする様子も見られる。これに対して、警察やバシージ(革命防衛隊傘下の国民動員組織)は催涙ガスや放水砲により鎮圧に当たっている。また、インターネットの自由のために活動する市民社会組織『ネットブロックス』によれば、9月19日頃からコルデスターン州内のインターネットへのアクセス制限が発生した

 

表 アミーニーの拘束・死亡と抗議デモ発生の経緯

日付

主な出来事

9月13日

テヘランで警察がアミーニーを拘束、重体となり病院へ搬送

9月16日

アミーニーが死亡

9月16日~18日

サナンダジュ、テヘラン大学等を中心に抗議デモが発生

9月19日

テヘラン警察が、アミーニーの死因を心不全と発表

9月19~20日

各地に抗議デモが拡大

(出所)公開情報を元に筆者作成。

 

 こうした動きを受けて、米国に住んでいるパフラヴィー元皇太子は17日、「反イランの体制(注:イラン・イスラーム共和国体制を指す)が、イラン国民の感情を傷つけた」と批判し、18日と19日の2日間を被害者と遺族に寄り添う日にするとツイートした

 また、諸外国からも反応が示されている。19日、EUはアミーニーに起こった出来事を「受け入れ難い」と表現する声明を発出し、イランの体制による拘留された者への権利保証と市民の基本的権利の尊重を要求した。また、ブリンケン米国務長官は20日、イラン政府は女性に対する体制ぐるみの迫害を止め、平和的な抗議活動を認めるべきだと発言した

 

評価

 イランで全国規模の抗議デモが発生するのは、2019年11月中旬のガソリン値上げに伴うデモ以来である。2021年7月中旬にも南西部フーゼスターン州で水不足を受けた抗議デモが発生したが、今次デモほどの地理・社会的広がりは見られなかった。この点で、今次デモの影響を軽視することはできない。

 近年、イランでは、特に都市部において、髪や肌をヒジャーブで覆わない女性が増加する傾向にある。これに対して、イラン体制(ハーメネイー最高指導者及び革命防衛隊に代表される治安機構と宗教界を含めた中央権力)は、警察やバシージを通じた取締り活動を強化させてきた。今回のアミーニーへの不当な処遇による死亡報道を受けて、とりわけ高等教育を受けた中産階級を中心に国民の怒りが爆発した。この背景には、米国からの厳しい経済制裁を受けて疲弊する経済、失業の増加、インフレ率の上昇等への不満と、これら諸問題に充分対処できていないイラン体制に対する蓄積した憤りもあるだろう。

 諸外国はイラン体制を非難する声明を出しているが、見る限り、今次デモは外国の扇動によって起こったものでなく、イラン国民が自発的に引き起こしたものだといえる。このため、抗議デモを収束させたい体制側と、女性の権利保障を叫び、体制に不満を抱える国民側との間で納得できる形で終結させられるかが重要である。今後、イラン体制側が、真相究明に全力を挙げて国民に説明責任を果たすかどうかが一つの争点になる。一方で、もし体制側がこれまで同様、遺族や国民感情を無視した対応を続ければ、ライーシー大統領が国連総会一般討論演説で不在中、またハーメネイー最高指導者の健康問題が報じられる折に新たな不安要素を抱えこむことになる。

 イラン革命から43年を経て、体制と国民との間の溝が深まっているように映る。イラン体制側は女性の権利に対してヒジャーブ着用やスポーツ観戦等の局面でいかに「柔軟性」を示せるかが重要である。他方、イランにおいて保守強硬派の一枚岩が形成された現在、体制側が自由を求める国民を力で抑え込む悲観的な展開もあり得る。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:ガソリン価格値上げを受けた抗議活動の発生#2」2019年度No.143(2019年11月21日)

・「イラン:南西部フーゼスターン州で水不足を受けた抗議デモが発生、各地に拡大」2021年度No.43(2021年7月28日)

(研究員 青木 健太)

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