中東かわら版

№84 イラン:アルバニアがイランとの断交を発表

 2022年9月7日、アルバニア政府は、イランとの断交を発表した。アルバニアのラマ首相は演説動画で、本年7月15日にアルバニア政府に対して行われた大規模なサイバー攻撃の実行犯がイランであると断定し、即座の断交を発表するとともに、在アルバニア・イラン大使館に対して24時間以内に全職員が国外退去するよう通報した。

 同首相は、この攻撃で、アルバニア政府行政機構のデジタル・データのハッキングや削除、通信障害、デジタル・インフラへの破壊工作等によってアルバニアの公共サービスが多大な被害を受けたと述べた。そして、同首相は、イランは過去にも、イスラエル、サウジ、UAE、ヨルダン、クウェイト、キプロスに対して同様のサイバー攻撃を仕掛けたと主張し、慎重且つ包括的な検証の結果、イランが実行犯であることは間違いないとして、閣議決定においてイランとの断交を決めたと発言した。

 米国はワトソン国家安全保障評議会報道官名で同7日に声明を発出し、NATO同盟国のアルバニアに対するイランのサイバー攻撃を強く非難するとともに、これに同調する立場を示した。

 対して、イラン外務省は同7日、アルバニアによる反イラン的な声明の内容を「根拠のないもの」であり「国際関係に対する無思慮」だとして強く非難する声明を発出した。また、同声明は、米国とイスラエル国内メディアが直ちに賛同の声明や報道を出したことは、今回の一件が事前に仕組まれていたことを示すものだと揶揄するとともに、アルバニア政府が反体制組織モジャーヘディーネ・ハルグ(MKO)に庇護を与えていることを暗に非難した。

 

評価

 イラン・アルバニア関係はここ数年の間に、急速に悪化していた。2018年12月、アルバニアはイラン大使を含む外交官2名を国外追放した。また、2020年1月、アルバニア外務省は、同国駐在の文化アタッシェなどイラン人外交官2名にペルソナ・ノン・グラータを通告するとともに国外追放している。このような経緯の上で、今回アルバニアが、イランを自国へのサイバー攻撃の実行犯と断定したことにより、断交の発表に至った。

 イラン政府は否定しているものの、イランがアルバニアにサイバー攻撃を仕掛けたとされる背景には、アルバニアが反体制組織MKOと蜜月の関係を築いていることを問題視し、アルバニアを敵対的な存在だと捉えていることがある。

 MKOとは、1965年にモサッデグ元首相の支持者らにより創設された組織で、イスラームとマルクス主義階級理論を融合させた特異なイデオロギーを標榜し、パフラヴィー朝(1925-1979年)に対する反王政運動を展開した。1979年イラン革命時、MKOは革命勢力の一角を担ったが、革命体制が権力を掌握していく過程で、ホメイニー師を支持するイスラーム共和党と対立を深めた。1981年6月には、イスラーム共和党本部における爆弾テロによりベヘシュティ―党総裁らを殺害し、さらに同年8月には、首相府における爆弾テロを引き起こしたことで、イラン国内に居場所を失った。イラン・イラク戦争(1980-1988年)では、イラク側に立ってイランを攻撃するに至り、イラン本国では「偽善者たち」と呼ばれるようになった。1985年、マスウード・ラジャビー指導者がイデオロギー革命を推進して以降はカルト的性格を強め、家族からの引き離し、性的抑制、思想統制、体罰、睡眠妨害など、カルト集団によく見られる行為が展開されるようになり、各国から警戒されている。(佐藤秀信「イランの反体制派は故国に戻れるのか?――モジャーヘディーネ・ハルグの現状と展望」57-58頁)。

 このMKOはイラン・イラク戦争の混乱からイラクへ逃れた後、2010年代にアルバニアに拠点を移し、活発な反体制活動を展開してきた。アルバニアは冷戦期、中ソと対立しほぼ鎖国状態にあったが、冷戦終結後、民主化を謳い親欧米路線を加速させた。2017年3月、米国のボルトン元国家安全保障担当大統領補佐官はアルバニアにおけるMKOのノウルーズ(イラン暦新年)の式典に参加するなど、MKOは米政界に食い込んでいる。イランとしては内政、及び、外交上の双方の観点からMKOを敵性組織と認識し、それを庇護するアルバニアを疎ましい存在だと見做している。

 一方の米国の観点からすれば、イラン現体制に対する対抗馬としてMKOを将来使えるかもしれないと考えるため、良好な関係を維持しておくことは役立つ。また、アルバニアにとっても、米国との政治・経済的結びつきは重要であることから、MKOを受け入れるとともに、イランに対しては強硬策を打ち出している形だ。

 今回の事件は、米・イラン間で核合意再建に向けた交渉が進む中で起こっており、今次の出来事が米・イラン間の信頼構築に水を差すかどうかは注目点である。また、サイバー攻撃を事由にして断交が決定されることは稀であり、古典的な国家間戦争や主権侵害行為だけが国同士の関係を決めるわけではないことが示された。サイバー戦争時代における国家関係の新しいあり方を示している点でも、興味深い事例である。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東研究>【本体2000円+税】

佐藤秀信「イランの反体制派は故国に戻れるのか?――モジャーヘディーネ・ハルグの現状と展望」『中東研究』539号、2022年9月、56-63頁。

(研究員 青木 健太)

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