中東かわら版

№79 リビア:トリポリでの大規模な武力衝突

 2022年8月26日と27日、トリポリで大規模な武力衝突が起き、少なくとも32人が死亡し、159人が負傷した。衝突したのは、東部「代表議会(HOR)」が承認した国民安定政府(GNS)を率いるバーシャーガーの支持部隊と、トリポリ拠点・国民統一政府(GNU)のダバイバ首相に忠誠を誓う部隊である。トリポリ中心部でそれぞれの支持部隊が小競り合いを始めた後、周辺地域にいるバーシャーガー支持部隊がトリポリ入りを試み、さらに彼と連携するジュワイリー元軍情報機関長官の部隊も進軍したことで、戦闘は大規模化した。最終的に、GNUがバーシャーガー支持部隊を後退させたことで、戦闘は収束に向かった。

 一連の衝突を受け、ダバイバ首相はトリポリ攻撃に関与した全ての者を逮捕するよう命じ、GNU軍検察はバーシャーガーに対して逮捕状を発行した。また、ジュワイリー元長官やムハンマド・スワーン元正義建設党(リビア・ムスリム同胞団の政治部門)党首などに対する逮捕手続きも進んでいる。

 西部を拠点とするダバイバ・バーシャーガー支持部隊間で衝突が起きる中、ハフタル率いるリビア国民軍(LNA)のミスマーリー報道官は、LNAは戦闘に関与した当事者のいずれも支援、支持していない点を強調し、中立的な立場であることを示した。

 トリポリ情勢が緊迫化するなか、ダバイバ・バーシャーガー両者と繋がりをもつトルコが、調停役に乗り出した。バーシャーガーは8月30日に、ダバイバGNU首相は8月31日にトルコをそれぞれ訪問し、トルコ当局者との最新の情勢や二国間関係の維持について協議した。

 

評価

 今回の衝突は、2020年10月の停戦合意以降、最大規模のものであり、市街地での戦闘で民間人も死傷し、医療施設も攻撃を受けた。トリポリ情勢は一旦、落ち着いたものの、周辺地域では、9月2日に南西ワルシェファーナ地区で両陣営間の衝突が再び起きるなど、緊迫した状況が続いてる。トリポリ入りを目指すバーシャーガー側は、政府権限の移譲に応じないGNU側に責任があると非難している。

 こうしたなか、トルコによる仲介の動きが注目される。バーシャーガーはGNUの前政権、国民合意政府(GNA)の内相時、トルコとの海洋境界画定・軍事協力に係る覚書の調印(2019年11月)に尽力し、また同胞団とも関係が近いことから、トルコとしては彼との関係を容易に断つことはできない。一方のダバイバGNU首相も、実業家時代の良好なビジネス関係や、国連承認の正統な政府で首班を務める点から、トルコにとってリビアでの利益を維持・拡大する上で適した人物である。こうした経緯から、トルコは両者の対立緩和に一早く動いたと言える。

 今後の注目点は、トリポリで混乱が続いた場合にLNAが何らかの介入を行うか、である。ハフタルは、バーシャーガーがトリポリ入りを実現できない状況に見切りをつけて、7月にGNUとの石油輸出再開に合意するなど、GNUに接近していた。しかし今般、偶発的ながらも西部勢力間での戦闘が激化し、民間人も巻き添えとなった。LNAとして、事態の推移を静観しながらも、トリポリ及び周辺地域の住民がGNUの治安維持能力を問題視するような不満の声をあげる事態となれば、治安秩序の回復を口実にトリポリに進攻する可能性も否定できない。他方、今回のトリポリ衝突にも投入されたとみられるトルコの無人攻撃機「バイラクタルTB2」は2020年の戦闘でLNA後退に大きく貢献したことから、LNAに対する軍事的抑止力となりつつある。

 

【参考情報】

<中東かわら版>

・「リビア:トリポリで東西政府の支持民兵が衝突」No.19(2022年5月18日)

・「リビア:トルコ軍のリビア派兵期間の延長」No.34(2022年6月14日)

・「リビア:石油施設の封鎖解除、輸出の再開」No.55(2022年7月22日)

(研究員 高橋 雅英)

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