中東かわら版

№74 イスラエル・パレスチナ:イスラエル軍とPIJの戦闘の結果と考察

 2022年8月5日夕方から8日にかけて、イスラエル軍とパレスチナ・イスラーム・ジハード運動(PIJ、「パレスチナ・イスラーム聖戦」とも言う)が交戦し、8日、エジプトの仲介によって両者は停戦で合意した。軍事衝突のきっかけは、8月1日にイスラエル軍がジェニンでPIJの西岸地区指導者、バッサーム・サアディーを逮捕したことであった。

イスラエル軍が「夜明け作戦」、PIJ側が「戦場の統一作戦」と名付けた今回の戦闘では、これまでと同様、イスラエル軍の圧倒的軍事力によってパレスチナ側に多数の犠牲者が生じた。3日間の戦闘の結果は下記表の通りである。

 報道によると、停戦合意では、イスラエル側がPIJのハリール・アワーウダ(2021年12月逮捕、ハンスト中)、バッサーム・サアディー(上述)の釈放で合意したとされ、エジプトが2名の釈放に向けて何らかの交渉を行う。

 

 

評価

 2021年5月のイスラエル軍とハマースの戦闘は11日間続いたが、今回のは3日間で終了した。その意味において、イスラエル、PIJ双方は犠牲者を低く抑えられた。イスラエル軍は、PIJのガザ地区北部司令官のタイシール・ジャバリーをはじめ、多くの幹部を殺害したと発表しており、作戦は成功したと捉えている。しかし、イスラエル軍の圧倒的軍事力によってパレスチナの民間人に多数の犠牲者が生まれる構造は、これまで繰り返された戦闘と変わらない。

 今回の戦闘では、ハマースが参戦しなかったことが特徴的であった。2021年5月の戦闘では、ハマースとPIJが合同で「クッズ(エルサレム)の剣作戦」を実施し、イスラエル軍と戦ったが、今回、ハマースは実質的に戦闘を傍観する立場だった。戦闘開始直後、イスラエル軍はハマースに軍事作戦の標的はPIJのみであると伝え、これに応じたかのようにハマースはイスラエルを攻撃しなかった。こうした行動の背後には、戦闘に参加すれば、ハマースのガザ地区での立場やイスラエルとの関係がより悪化するとの判断があったと思われる。ハマースが参戦すれば、ガザ地区のインフラや人的被害の規模は格段に拡大し、統治者であるハマースに対する市民の不満も増大する。昨年の停戦合意を仲介し、ガザ復興の援助を行うエジプトとの関係も再び悪化する。ガザの安定化という名目でイスラエル政府が実施する経済支援(ガザからの出稼ぎ労働者の受け入れ、ガザとの境界検問所の開放など)も停止する恐れがある。そして、ガザ地区の統治に失敗すれば、西岸のファタハ/パレスチナ自治政府との対立関係においても自派の立場が弱くなる。こうした計算から、ハマースは戦闘に参加しなかったと推測される。

(上席研究員 金谷 美紗)

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