中東かわら版

№67 カタル:チャド和平交渉に向けた仲介の思惑と影響

 2022年8月8日、チャド国内の各勢力がドーハで会合を開き、移行軍事評議会と反政府勢力が今後チャドの首都ンジャメナで和平交渉を開始することに合意した。1960年代半ば、独立間もない頃から内戦状態が続くチャドでは、2021年4月にイドリース・デビ大統領(1990年以来、同職)が戦線視察中に殺害され、その後は息子であるムハンマド・デビが暫定大統領として行政機構(移行軍事評議会)のトップに立っている。今月20日には大統領選挙に向けた準備が予定されており、今次合意はそれに向けた一つのステップと位置づけられる。

 ただし、北部の主要な反政府勢力であるチャド変革・統合戦線(FACT)は、同合意への署名拒否を発表した(合意したのは47ある勢力の内、42とも報じられる)。昨年イドリース・デビ前大統領が殺害されたのは北部地域、FACTとの前線であったことから(どの勢力が直接に殺害したのかは不明)、移行軍事評議会にとってFACTは少なからず因縁の相手となる。

 

評価

 よく知られるように、カタルは武装組織を含む様々な勢力とチャンネルを持つことで仲介外交を展開してきた国である。チャドに関しても、2008年5月、チャド・スーダン間の和平交渉を仲介したことが記憶に新しい。2017年、サウジ・UAE・バハレーン・エジプトがカタルと断交した際、チャドは足並みを揃えてカタルとの外交関係を格下げしたが、2018年2月までには国交を回復した。こうした経緯から、カタル・チャド間の一定の信頼関係がうかがえる。

 ところで、2008年のチャド・スーダン間の対立に際し、カタルはリビアをパートナーに和平交渉に取り組んだ。その後、「アラブの春」を経てリビアが二政府状態に陥り、リビア国民軍(LNA)と国民合意政府(GNA、現国民統一政府(GNU))が対立する中でカタルは後者を支持したわけだが、FACTは2016年にリビア南部で結成され、その後LNAと共闘してきた。2020年10月にはLNAとGNUが停戦合意し、カタルもリビア介入を弱めたが、一方ではリビアで活動場所を失ったFACTがプレゼンスを示すために南下、つまり主戦場をチャドに移したとも言われる。こうした事情を踏まえれば、カタルのチャド情勢への関与は、リビア情勢への関与をめぐる「残された課題」と位置づけられよう。

 加えて、イドリース・デビ前大統領はサーヘル地域のイスラーム過激派掃討作戦(ボコハラムによるチャド湖周辺での展開等を受けたもの)におけるフランスの現地協力者として筆頭と言える存在であった。同前大統領が殺害され、フランス自体もサーヘル地域への軍事的関与を低下させる方針である中、チャドの安定化はフランスにとっても「心残り」と言える事案だ。フランスとの軍事関係をこの10年程で急速に強めているカタルとしては、チャド新体制の後ろ盾としてプレゼンスを示す絶好の機会と言える。

(研究員 高尾 賢一郎)

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