中東かわら版

№65 アフガニスタン:ザワーヒリーAQ指導者の死亡に対するターリバーンの反応

 2022年8月4日、ターリバーンは、アル=カーイダ(AQ)のザワーヒリー指導者に関する情報を一切有していないとの立場を示し、同指導者を庇護していた疑惑を否定した。これは、アフガニスタン・イスラーム首長国名義で発出された8月4日付「バイデン米大統領の主張に関するイスラーム首長国の声明」内で示されたもので、そのダリー語版全訳は以下の通りである。

 

  • ヒジュラ暦1444年ムハッラム月2日(注:西暦2022年7月31日)、カーブル内のある居宅への空襲が発生し、その2日後、バイデン米大統領はこの攻撃でAQのアイマン・ザワーヒリー博士を標的としたと主張した。イスラーム首長国は、アイマン・ザワーヒリーのこの地への来訪と居住に関して一切情報を有していない。
  • アフガニスタン・イスラーム首長国指導部は、捜査・情報機関に対し、同事件のあらゆる側面について真相究明するよう指示を出した。
  • アフガニスタンの領土から、米国を含むあらゆる国々に向けた脅威は存在しない。イスラーム首長国は、ドーハ合意の遵守を希望しており、同合意違反はなくなるべきである。
  • 米国が我々の領空を侵犯しアフガニスタンの領土を侵したこと、及び、全ての国際原則に違反したことに対して、我々は今一度強く非難する。アフガニスタンの領土が侵害されるこうした事態が繰り返されるようであれば、それらが引き超す結果の責任は米国側にある。

 

評価

 本声明は、ターリバーンがバイデン大統領による演説(米時間8月1日夜)の後、ザワーヒリーAQ指導者死亡に関して示した初の公式声明である。8月1日付声明では、カーブルで米国のドローンによる攻撃が発生した事実自体は認めたものの、ザワーヒリー指導者死亡への言及はなかった。それから3日経過し、イスラーム首長国名義の声明として発出されたものであることから見て、ターリバーン指導部による本事件に関する公式見解と捉えてよかろう。

 今回の立場表明で最も注目すべきは、ターリバーンがザワーヒリーAQ指導者の死亡について一切情報を有していなかったとの弁明に終始し、自己矛盾に陥っている点である。本事件の発生地点は首都カーブル中心部であり、ターリバーンが関知せずザワーヒリー指導者が潜伏生活を送ることは事実上不可能と考えられる。ザワーヒリー指導者が生活していた拠点は、シラージュッディン・ハッカーニー内相代行(ハッカーニー・ネットワーク指導者)が管理していたと報じられる(8月2日付『AP通信』)。また、匿名のターリバーン構成員は、この居宅は厳重に警備されて、ハッカーニー内相代行とムッラー・ヤクーブ国防相代行(ムッラー・ウマル創始者兼初代最高指導者の息子)だけが折に触れて訪れていたと述べている(8月2日付『RFE/RL』)。これらの事情に鑑みれば、ターリバーン指導部の構成員全てが関知していたわけではなかったかもしれないが、少なくとも一部の高官は承知しており、むしろ庇護を与えていたと見るべきである(注:ドーハ合意は第2部3項で、ターリバーンが国際テロ組織を庇護(host)することも禁じている)。このため、ターリバーンによる主張が正しいとは受け止められない。一方で、もしもその言葉通り仮にターリバーンが情報を一切有しておらず、9・11事件の首謀者であるAQの最高指導者の情報把握すら覚束ないのであれば、そもそもターリバーンがアフガニスタンをテロの温床にしないとの宣言を実行する能力を有していないことになる。今次声明は、指導部内で慎重に検討された上での立場表明と見られるが、「苦しい言い訳」と言わざるを得ない。

 一方で、米国はターリバーンにドローン攻撃の一報をいれていなかったことから、ターリバーンとしてはアフガニスタンの主権を侵害された上、面子を完全に潰された状況にある。ターリバーンは一方的に米国への非難を続けることで、支持者の怒りの矛先を米国に向けさせるだろう。

 将来、本事件は、アフガニスタン情勢に少なからぬ影響を残すと考えられる。諸外国は、AQとの関係を維持してきた疑いが濃厚なターリバーンを、当面、政府承認しないと予想される。これまで、ターリバーンが主導する形でのアフガニスタンの復興過程を思い描いていた近隣諸国も存在したが、今回の一件はその認識を変え、政府承認を遠のけた。また、米国が衛星画像などの通信情報だけで今回のような精密なドローン攻撃を行うことは出来ないことから、ザワーヒリー指導者の居場所を特定し、行動パターンを分析する協力者の存在が問題となる。現時点で、ターリバーン内部にCIAへの内通者がいたかは定かでない。しかし、もし犯人探しがターリバーン内で始まれば、内部に諍いを生じさせ、それが組織の弱体化につながる恐れはある。ドローンに空域を提供した第三国がもしあるとすれば、その国による諜報協力の関与も疑われることから、本事件はアフガニスタン国内外に様々な波紋を広げる可能性がある。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「アフガニスタン:アル=カーイダのザワーヒリー指導者がカーブルで爆死」2022年度No.60(2022年8月2日)

 

<イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・「米国がアイマン・ザワーヒリーを殺害」M22-06

(研究員 青木 健太)

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