中東かわら版

№61 イラン:EU仲介による、核交渉再開に向けた動き

 2022年8月1日、キャナアーニー外務報道官は定例記者会見で、近い将来にイラン核合意再建に向けた米国との間接交渉の新ラウンドが始まる見込みだと発言した。同報道官は、EUのボレル外務・安全保障政策担当上級代表から提案文書を受け取ったと認めた上で、イランの経済的利益を確約するために対話を継続する意思を示した。

 先立つ7月26日、ボレルEU上級代表は『フィナンシャル・タイムズ』に「今こそイラン核合意を救う時だ」と題する記事を寄稿し、核合意再建に向けて必要な経済制裁の解除、及び、核開発の遵守に関わるポイントを盛り込んだ文書を、米・イラン双方に提示したと明らかにした。その中で、ボレルEU上級代表が事態の打開に向けて配慮したポイントは以下である。

 

  • 米国側が懸念する、イランの地域における諸活動、及び、人権問題については、EU・イラン間の二者協議の中で言及を続ける(注:米・イラン間接交渉の争点としないということ)。
  • 米国側が求める、国際原子力機関(IAEA)によるイランに対する厳格な査察、並びに、イラン核開発プログラムへの制限については着実に履行される。
  • 一方、イラン側が留保してきた合意の持続性(sustainability)に関しては、バイデン大統領による「離脱しない」とのコミットメントが反映される。

 

 これを受けて、27日、アブドゥルラヒヤーン外相はボレルEU上級代表との電話会談の中で、EUによる仲介努力に謝意を伝え、米国が妥結に向けて現実的に動けば合意は可能だと前向きな姿勢を示した。また、バーゲリー外務事務次官は31日、早期の交渉再開に向けて、内容と形式の両面に関して提案を返したとツイートした。同次官は、核合意関係国、とりわけEU調整役と緊密に協力してゆくと述べ、もし米国側が妥結できるならば、イランは早期に合意妥結をする用意があると述べた。

 また、米国のブリンケン国務長官も8月1日、核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議において、イラン核合意の再建が米国、イラン、及び、全世界にとって最善の結果であることには今も変わりはないとの認識を示し、外交的手段を諦めない立場を示した。

 

評価

 ボレルEU上級代表が米・イラン間での仲介役を買ってでたことで、核合意再建に向けた機運が俄かに高まっている。イランのブレイクアウトタイム(核兵器製造に必要な時間)の短さに鑑みれば、次ラウンドが山場であり、米・イラン双方が合意できるかが大きな分岐点となる。

 2021年4月に始まった米・イラン間の間接協議は、同年6月のイラン大統領選挙を控えて一時中断した。その後、同年11月に再開し、2022年2月には妥結間近と伝えられたものの、革命防衛隊の外国テロ組織指定解除等の争点を巡り、両国が折り合えず、交渉は中断していた。6月25日のボレルEU上級代表のテヘラン訪問(詳細は『中東かわら版』No.41参照)を経て、同28日にドーハで交渉は再々開したもののまとまらず、結局、再開の目途が立っていなかった。7月5日に『NPR』ラジオに出演したマレー米特使は、協議においてイラン側が「過剰な要求」をしてきたと述べ、ドーハでの協議は時間の無駄だったといらだちを露わにした

 米・イラン間には数多くの争点が存在し(詳細は『中東かわら版』No.4参照)、とりわけ革命防衛隊の外国テロ組織指定解除、及び、米国が再び合意から離脱しない保証の2点が大きな障害となってきた。こうした中、今次のボレルEU上級代表の提案文書の漏れ伝わる内容を見ると、従来、核合意の中身に含まれていなかった諸問題については議論の遡上に上げず、EU・イラン間での別チャンネルで協議を継続させることで衝突を回避する工夫がなされている。米国が再び離脱しない保証についても、何らかの形でイラン側への配慮が盛り込まれている模様だ。EUとしては、現在イランが保有する高濃縮ウランの保有量やエネルギー価格高騰を踏まえ、こうした折衷案によって、合意を早期に妥結させたい意向を有すると見られる。

 このEUの仲介努力が功を奏するかどうかは、交渉当事者である米・イランが互いに譲歩できるか否かにかかっている。しかし、バイデン大統領による中東訪問(7月13~16日)でのイスラエル・サウジを主軸とした地域安全保障枠組みの構築に向けた取り組み(詳細は『中東かわら版』No.49参照)や、イラン政府高官による「イランは核兵器を製造する技術的能力を持つが、製造の意図はない」といった揺さぶり発言が出てきたこと、そして最近のイランによる中露との顕著な接近等を総合的に見るならば、現在、核不拡散と地域安全保障にとって重要である核交渉が正念場を迎えていることは間違いない。米・イランが互いの主張を押し通すのではなく、大局的見地から相手に一歩譲れるかが焦点となる。

 もし双方が妥協点を見いだせない場合、核合意は破綻に向かわざるをえない。その場合、イランの建前とは裏腹にウラン濃縮度を60%以上に押し進める懸念が生じ、それを危険視するイスラエルが対抗措置を講じる事態も危惧される。

(研究員 青木 健太)

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