中東かわら版

№58 チュニジア:新憲法の承認、大統領権限の拡大へ

 2022年7月25日、改憲の是非を問う国民投票が実施され、翌26日、独立最高選挙機構(ISIE)は国民投票の暫定結果を発表した。憲法改正は、サイード大統領が昨年7月に執行権を掌握して以降、大統領権限の拡大を目的に進めてきた取り組みである。今般、新憲法が過半数の賛成で承認されたことにより、大統領に強大な権限が集中する政治体制が構築される見通しである。暫定結果と主な改正点は、以下の通りである。

 

(1)国民投票の暫定結果

有権者登録数

927万8541人

投票総数

283万94票

投票率

30.5%

賛成票

260万7884票(94.6%)

反対票

14万8723票(5.4%)

無効票及び白票

7万3487票

(出所)ISIEの発表をもとに筆者作成。

 

(2)主な改正点

  • 行政府の長の変更:首相から大統領へ(第87条)
  • 首相及び閣僚の選出方法の変更(第101条):大統領に任命権、議会からの信任不要
  • 新議会「全国地域・地区評議会」の設置に伴う二院制への移行(第56条) 

 

評価

 今回の国民投票では、賛成票が9割以上であった一方、投票率は低水準を記録した(参考:2019年の議会選挙は約42%、大統領選挙決選投票は約57%)。この要因として、野党や市民団体による投票ボイコットに加え、多くの国民が大統領の改憲プロセスに賛同していない点が指摘できる。実際、改憲への賛成票数は、大統領選挙決選投票時のサイード大統領の得票数より17万票ほど減少した。多くの国民は政治的問題よりも、日常生活に直結する物価上昇対策などに関心を抱き、有効な対応策を打ち出していないサイード大統領に不満を募らせている。

 サイード大統領が国民からの支持を失う中で実現にこぎつけた改憲の注目点は、大統領の特権的地位の導入と、二院制への移行である。まず大統領の役割は、従前の2014年憲法で外交及び国防分野を担う「国家元首」であったが、新憲法では「行政府の長」と規定されるため、サイード大統領は内政面も含め、政権運営の実権を握る。立法府との関係では、政府に対する不信任案可決には両院で3分の2以上の賛成が必要となり、大きなハードルが設けられた。また、議会による大統領の弾劾条項は削除された。その他、大統領の議会解散権の条件緩和や大統領法案の優先性の確保など、新憲法では議会に対する大統領の優位性が際立っている。

 次に、議会制度は既存の「人民議会(ARP)」と、新設の「全国地域・地区評議会」による二院制となる。同評議会は、地方議会議員から成る国会が想定される。チュニジア各地で地域評議会又は地区評議会が設置され、各評議会を代表する議員3人のうち1人が全国評議会の議会運営に関与する見通しである。サイード大統領はこれまで、ボトムアップ型の民主主義を確立する必要性を主張してきた経緯から、このような新議会の設置に踏み切ったと考えられる。しかし、議員選出方法は現時点で不明確であるが、新議会には大統領の息がかかった議員が選出される可能性が高いため、その場合、立法府が形骸化する恐れがある。

 この先、サイード大統領は新たな選挙法を制定し、今年12月に議会選挙を実施する計画である。その一方、国民投票の結果から、国民の約7割はサイード大統領の政治改革に賛同しておらず、ナフダ党を中心とする反大統領勢力も今回の改憲を認めていない。こうした状況下、財政面で頼みの綱であるIMF融資は協議が進展しておらず、世界的な燃料・食料物価の高騰がチュニジア経済にも悪影響を及ぼしている。サイード大統領は強引な手法により、改憲という自身の政治的目標を達成できた一方、国民の支持離れの加速は今後の大統領の政権運営に大きな障壁をもたらすだろう。

 

【参考情報】

<中東かわら版>

・「チュニジア:大統領が首相解任と議会の一時停止を発表」No.42(2021年7月26日)

・「チュニジア:憲法改正及び前倒し議会選挙の実施へ」No.94(2021年12月14日)

(研究員 高橋 雅英)

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