№56 トルコ:黒海からの穀物輸出でロシア・ウクライナが「歴史的」合意
2022年7月22日、イスタンブルでロシア、ウクライナは世界的な食糧危機回避のための協定に合意した。国連及びトルコを交えた同協定は、「黒海イニシアティブ」と名付けられた包括的計画で、黒海を通過する安全な食糧回廊の構築を図ることを目的としている。イスタンブルで行われた合意文書の調印式では、それぞれを代表して、ウクライナのクブラコフ・インフラ相、ロシアのショイグ国防相、トルコのアカル国防相、国連のグテーレス事務総長が署名した。
これとは別に、ロシアは国連及びトルコとの間で、既存の制裁外でロシアの食糧、肥料の出荷が輸出できるとの覚書に署名した。同内容は、米国と欧州連合(EU)がロシア製品を世界市場に輸送する企業や船舶に対する制裁を行わないことを確約したもので、銀行や保険の手続きも制裁の対象から外れることとなる。
エルドアン大統領は、ウクライナ、ロシア、国連を含む今次合意実現に貢献した全関係者に謝意を表明するとともに、合意された計画は近日中にイスタンブルに設置される「共同監視機構」(後述)を通じて管理されることになると明かした。また、同計画成功のためには国際社会の支援が極めて重要だと強調した。さらに、ウクライナ戦争の長期化は経済的損失と人的被害の継続に繋がることから、今次合意を足掛かりとして戦争終結へ向けた動きが加速することへの期待を表明した。
合意内容の概要は以下の通り。
- イスタンブルに「共同監視機構」を設置し、トルコ、ロシア、ウクライナ、国連関係者により、ウクライナ発着の船舶の航行状況や安全性を共同監視する
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黒海での商業船航行に際しては、ウクライナ海軍が機雷不在海域を特定のうえ、(民間の)水先案内人が誘導する。商業船航行中、ロシア・ウクライナ両軍は相互攻撃を行わない
- 合意期間は120日間有効。相互に異存がなければ自動的に更新される
- ウクライナは、第一段階として、約2500万トンの小麦を世界市場に出荷予定
しかし、合意翌日の7月23日、ウクライナのオデーサ港へのミサイル攻撃が発生した。ウクライナ側は、ミサイル2発が着弾し、港湾施設が被害を受けたと発表した。当初ロシア軍は攻撃を否定していたが、24日にウクライナ軍の艦艇及び対艦ミサイルの保管庫をミサイルで破壊したと明らかにした。こうした状況を受け、トルコ国防省は、ウクライナ港からの穀物船出航に向け、関係当局間で調整作業を継続していると発表した。
評価
今般の合意は、2022年2月に始まったウクライナ戦争以降、戦争当事国同士による初めての具体的な内容を伴うもので、「歴史的合意」と評された。合意内容が履行されれば、ウクライナ戦争によって穀物や飼料価格の高騰に直面する世界市場に継続的な供給が可能となる。
だが、合意直後の7月23日、ロシア軍がウクライナ南部のオデーサに対してミサイル攻撃を行ったことで、早くも危うさが露呈された。ウクライナはロシアの攻撃を強く非難しており、今後ウクライナ側が態度を硬化させる可能性もあることから、予定通り実現されるか危惧される。
ウクライナは南部の港の機雷掃海について、当初から否定的な立場を採っており、ロシアもウクライナに向かう空の船舶に武器や軍事装備品が積載される可能性があるとして、ウクライナ港の民間船発着に強い懸念を表明していた。国連及び第3国のトルコの仲介により、両国のこうした懸念払拭に向けた粘り強い交渉が実施されてきたが、7月23日のミサイル攻撃がウクライナのロシアに対する不信感、警戒感を一層増幅させている。
一方で、開発途上国や紛争国において食糧問題は深刻である。赤十字国際委員会のマルディーニ事務局長は、過去6カ月で主食食糧価格がスーダンで187%、シリアで86%、イエメンで60%、エチオピアで54%上昇していると指摘し、「黒海からの穀物輸出実現は、価格高騰に苦慮している世界中の人々にとって救命に他ならない」と強調した。
食糧、飼料の安定的な供給確保は、日本を含め世界的に喫緊の課題であるが、今般の合意履行には戦争当事国、特にロシアの行動を抑止できるか否か、がもっとも重要になるだろう。
【参考情報】
*関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
・「トルコ:ロシア・ウクライナ・トルコ外相の3カ国協議の実施」No.126
(2022年3月11日)
・「トルコ:イスタンブルでウクライナ停戦協議を開催」№136 (2022年3月30日)
<中東トピックス>【会員限定】
・「トルコ:チャウシュオール外相とロシアのラヴロフ外相との二カ国協議実施」T22-01
(研究員 金子 真夕)
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