中東かわら版

№53 イラン:ロシアのプーチン大統領によるイラン訪問の成果とその限界

 2022年7月19日、ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領がイランを訪問し、シリア内戦と復興について協議するアスタナ・フォーマットでの3カ国首脳会議に臨んだ。同会議では、3カ国首脳が、シリアの主権・独立・領土保全への尊重、テロ対策分野での協力等で合意するなど成果が見られた。また、ハーメネイー最高指導者はエルドアン大統領との会談で、トルコがシリア北部で軍事行動を行えば、トルコ、シリア、及び、地域全体に損害をもたらすだろうと発言し、軍事行動を予告するエルドアン大統領を牽制した

 今回特に注目されたのが、シリア問題もさることながら、プーチン大統領がウクライナ侵攻(2月24日)以降、旧ソ連圏以外では初の外遊先としてイランを訪れたことだった。とりわけ、米国のバイデン大統領の中東訪問(7月13日~16日)の直後ということもあり、近年イランとロシアとが急速に接近していることの証左として伝えられた。

 今般の要人訪問前後における、イラン・ロシア関係の主要な動きは以下の通りである。

 

  • 7月11日に米国のサリヴァン大統領補佐官(国家安全保障担当)が「イランがロシアに対しドローン数百機の供与を計画している情報がある」と発言したことを受けて、アブドゥルラヒヤーン外相がウクライナのクレーバ外相との電話会談の中でこの疑惑を否定、イランは戦争反対の立場であり、サリヴァン大統領補佐官の主張はバイデン大統領による中東訪問に合わせた政治的発言だと非難(7月15日)。
  • イラン国営石油会社(NIOC)とロシアのガスプロム(天然ガス企業)が、キーシュや北パールス・ガス田の共同開発を含む、石油・ガス分野での共同事業に関する総計400億ドルのMoUを署名(7月19日)。
  • イランのサーレフアーバーディー中央銀行総裁が、同国の外国為替市場でリヤル・ルーブル間での為替取引の開始を発表(7月19日)。
  • ライーシー大統領とプーチン大統領が会談し、経済・貿易、安全保障、インフラ開発、エネルギー等の多分野での関係強化をレビューし、その継続を相互に確認(7月19日)。
  • ハーメネイー最高指導者がプーチン大統領との会談において、NATOを「危険」な存在と呼び、仮にロシアが行動を起こしてなければ、NATOが戦争を引き起こしただろうと発言(7月19日)。

評価

 近年、イラン・ロシア関係が急速に進展していることは、様々な側面から明らかである。本年だけでも、ライーシー大統領とプーチン大統領は3度会談(1月19日、6月29日、7月19日)しており、その他にも閣僚級の往来が頻繁に確認される。経済面でも、2021年の両国間の貿易取引額は40億ドルを超えた(前年比81.7%増)。加えて、石油・ガス分野での協力が前進している他、金融・銀行関係、国際南北輸送回廊(INSTC)の活用等、様々な分野で活発な動きが見られている。

 この背景をイランの観点から見ると、トランプ前米政権のイランに対する厳しい軍事・経済的圧力がイラン財政を疲弊させたことが一つにはある。金融・原油取引を大幅に制限されたことで、イランの外貨収入は激減し、国内では失業の増加、消費者物価指数の増加、通貨下落等が進行している。イランとしては、核合意再建に向けた協議を妥結させて経済制裁解除を実現させたいものの、同時にロシア、中国、近隣諸国との経済関係の多角化を図り、リスク分散することで生き残りを図っている。加えて、米国の単独覇権主義や一極支配に抵抗するとのイラン側のナラティブは、ロシア側のそれと一致している。両国の接近には、こうした共通項を背景に自陣営を強固にする戦略的側面もある。

 もう一方の当事国であるロシアの観点から見ても、ウクライナ侵攻に伴う西側諸国による対ロ経済制裁を受けて財政が逼迫する中、制裁の「抜け道」の確保、イランとの貿易で得られる外貨収入、代替輸送網の構築は歓迎すべき材料だ。長年厳しい経済制裁を耐え忍んでいるイランの知見は、現在のロシアにとっては魅力的に映っている。

 他方で、両国間には接近を抑制し得る要因も複数ある。そもそも、イランはガージャール朝期にロシア帝国との戦争で敗北しており、ゴレスターン条約(1813年)、トルコマーンチャーイ条約(1828年)といった不平等条約を締結させられ、領土の割譲を余儀なくされた。イラン国民一般の親ロシア感情が強いわけでは決してない。また、イランは、ロシアのウクライナ侵攻に対しては「旗色を鮮明にしない」立場を取り、NATOの東方拡大を非難しつつも、紛争当事者双方が対話を通じて停戦することを希望する戦争反対の姿勢を堅持してきた。さらに、現下のロシアの国力の低下を踏まえれば、ロシアがイラン国内産品を一方的に購入する構図とはならないだろう。同じく、自国通貨での決済についても、掛け声自体はよいとして、では具体的にどの程度進展するのかは不透明だ。

 特に、取り沙汰されるイランによるドローン供与計画については、米国政府高官の発言によって明らかになったものであり、イラン政府側が否定している点は重要である。仮にイランが殺傷能力を有するドローンの供与に踏み切れば、欧米諸国から強い反発を招くことは必至だ。イラン体制指導部が、核合意再建への悪影響を考慮し、供与を自制する可能性は高い。但し、欧米に対抗すべしとの考えに基づき、ドローン供与を強硬に主張する勢力が革命防衛隊等の内部に存在する可能性は排除されないため、イラン国内での異なる派閥間での「綱引き」に注目を要する。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:ライーシー大統領のロシア訪問の意味」2021年度No.106(2022年1月25日)

・「イラン:ウクライナ問題への反応」2021年度No.114(2022年2月24日)

・「イラン:ライーシー大統領がロシアのプーチン大統領と会談」2022年度No.45(2022年7月1日)

・「イラン:ロシアとの金融・銀行、運輸、エネルギー等の分野での関係強化に向けた動き」2022年度No.48(2022年7月12日)

(研究員 青木 健太)

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