中東かわら版

№52 パレスチナ:バイデン大統領のパレスチナ訪問

 2022年7月15日、イスラエル首脳との会談を終えた米国のバイデン大統領は、ベツレヘムでパレスチナ自治政府(PA)のアッバース大統領と会談した。しかし、今次訪問はパレスチナ側にとって失望と落胆の結果になった。アッバース大統領はイスラエルによる占領を終結させるべきだと述べ、米国に東エルサレム領事館の再開、PLOの外国テロ組織リストからの除外、PLOワシントン事務所の再開を要求した。しかし、バイデン大統領はこれらの要求について明言を避け、さらに「現在は和平交渉再開に適した時期ではない」と述べた。和平交渉再開に関して何ら具体的な発言はなかった。以下は、訪問期間中に決定された事柄の一部である。

  • 米国は東エルサレムの病院6施設に合計1億ドルを援助する
  • 西岸地区とヨルダンのアレンビー国境通行所の開所時間を9月末までに24時間とする(モロッコの仲介で決定)
  • イスラエル・パレスチナ合同経済委員会の再開
  • 2023年末までに、西岸地区とガザ地区で4Gネットワークを利用可能とする

 

評価

 バイデン政権はパレスチナとの関係改善や和平交渉の再開を掲げてきたが、今回のイスラエル・パレスチナ訪問を通じて、二国家解決を前提とした和平交渉の再開に前向きではない、または優先課題としていないことが改めて明らかになった。訪問に先立ち、ホワイトハウス報道官から東エルサレムの米国領事館の再開予定はないとの発言もあった。

 米国の中東政策における優先課題は、イランの核開発を止めること、そのためにイスラエルとアラブ諸国を巻き込んだ安全保障協力体制を形成すること、油価高騰を抑制するためサウジとUAEを米国に引き付けることである。この中で、パレスチナ問題の重要性は、地域全体の安定に影響を及ぼすかどうかという観点から極めて低い。

 和平交渉再開の気配が全く生まれない中、イスラエルや米国は、パレスチナへの経済援助によるイスラエル・パレスチナ間の安定化を試みている。例えば、米国からパレスチナへの経済援助、イスラエル国内での労働を希望するパレスチナ人への労働許可証の発行数増加、西岸地区とイスラエル領・ヨルダン領の通過所の開所時間拡大、などである。パレスチナの経済活動を支援することでパレスチナ社会の安定を目指し、イスラエル・パレスチナの暴力なき共存を実現する方法である。それは、イスラエルによるパレスチナ占領という現状維持を認めることを意味する。

 現状維持はパレスチナ人の民族自決権を否定する選択肢だが、同時に、残酷な現実的選択肢である。二国家解決を前提とする和平交渉を再開すれば、和平に反対するユダヤ極右やハマースによる暴力が始まることは容易に予想されるし、イスラエル・パレスチナが和平で合意に達する見通しはない。PA(ファタハ)は、イスラエルや米国との繋がりによってパレスチナ内での権力を維持できており、パレスチナ国家の独立はファタハの権力維持を保障しない。現状維持は、イスラエル・パレスチナ双方にとって最も「問題を起こさない」方法なのである。 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「米国・イスラエル:バイデン大統領のイスラエル訪問(1)」2022年度No.49(2022年7月14日)

・「米国・イスラエル:バイデン大統領のイスラエル訪問(2)」2022年度No.50(2022年7月15日)

・「サウジアラビア:バイデン米大統領のサウジ訪問」2033年度No.51(2022年7月19日)

(上席研究員 金谷 美紗)

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